BGM
彼女の幸せ、彼のお気に入り
「そうなんだ、今度の大会でプロが使う板を作っているところで、休んでい られないんだよ、シェイプは終わっているんだけど、あとは色を塗ってラミ ネート、そして仕上げをして完成なんだよ」
「色を塗るのはスプレーガンでやるんですか」 彼が聞いた
「スプレーガンや、エアブラシでやるんだ、色やデザインはもう出来ている んだ」
「車を塗る要領でやればいいんですか」
「そうだね、だいたいは同じだね、車より薄く塗る所が違うかな」
「俺でも出来るかな、車なら塗れますけど」
彼は大手のディーラーの整備士で、板金の経験も有り、色を塗るくらいなら手伝えるかもしれないと思った。
「何度かボードの修理はやったことが有りますよ、ガラスクロスを貼って、 ラミネートしたり」
「それなら頼もうかな、やってみてもらおうか」
彼女が院長に事情を話し外出許可をもらい、飯塚さんの車を彼が運転して3人で作業場に向かった。
自分が塗るより出来が良いかも知れないと感じた、彼の腕は飯塚が思っていたより確かだった。仕上げのラミネートのやり方を教え、監督はするが作業は任せることにした。
一週間後、出来たボードを彼が病院に見せに来た、そのボードは飯塚を満足させる仕上がりだった。
一週間後、出来たボードを彼が病院に見せに来た、そのボードは飯塚を満足させる仕上がりだった。
退院する飯塚を迎えに来たのは彼だった、飯塚は作業場に入って彼が削った板を見て
「良くなってきた、これなら大丈夫」 一言いった。
彼は器用な上に研究熱心で、シェープもこなし完璧ではないが、一人でサーフボードを作る事が出来た、彼が彼女の部屋に住み始めて3ヶ月が経っていた。
気に入った場所で、気に入った仕事をすることに彼は満足していた、波乗り、バイク、彼女、お気に入りに囲まれて幸せだった。彼女も彼との生活がとても気に入っていた。
彼と彼女は時間が合えばCB550で走り、波のある日は波に乗り、雨の日には半島に沢山ある温泉を楽しみ、ときには昔のように二人乗りで、半島の先にある人の少ない澄んだ海へ、泳ぎに出かけたりもした。
早春には、別々の方向に走り出し、気の早い菜の花と桜が咲く川沿いの道で、互いにピースサインをしながら、昔のようにすれ違った。
彼が彼女と半島に暮らし始めて二つ目の夏の暑い日、二人は、海から立ち上がった断崖の上を国道が通る場所の、崖側に突き出して造られた駐車スペースで、両端が下がった様に湾曲した水平線を見ていた、沖には3つの島が、右には白い砂浜の海岸が遠くに見え、飛行機にでも乗っているような気分の景色だ。
彼はヘルメットを被りエンジンをかけた、彼女はタンデムステップに左足を乗せ、彼の肩に手をかけ右足を大きく上げ、彼の後に座った。
遠くに見える白い砂浜に向かって、二人乗りのCB550は走り出した、彼女は彼の背中にしっかりと抱きつき、彼はもう背中の柔らかい感触にたじろぐ事は無かった。
幸せは与えたり与えられたりするものでは無く、気が付くものだと知った彼女は、お気に入りの海で二人きり、彼の作った板で優しい波を楽しむとき、これ以上の幸せはこの世に存在しないだろうと思った。
波乗りの板もオートバイも幸せに気付く為の道具だった。
エンディング
完
この物語は妄想です。 実在の人物、団体などには一切関係ありません。
画像はイメージです。