伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    2011年01月

     
     4年前に、ご近所の蘭好きな奥さんに頂いたものです、変に弄ると枯れそうなので、植え替えもせず夏は外、冬は日当たりの良い窓辺に置いて、時々水をやるだけですが、毎年咲きます。
     
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    エイリアンか、プレデターの口みたいに見えませんか?
     
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    五月の潮風 最終回
     
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     焼津の手前で、駿河湾に突き出た岩場の上に、更に突き出るような格好で建ててあるレストランで、三人は随分と遅い昼飯を摂った。
     
     大野徹が選んだしゃれたレストランではあったが、バルコニーの席に着くと、大木健介は怒ったように言った。
     
     「此処まで来て何処にでもあるメニューかよ、せっかく静岡に来たんだか  ら、なんか静岡らしいものを食いたいべぇ」 
     
     「静岡らしい物ってなんだよ、ここら辺じゃ魚か、もう少し行けばウナギか  そんなの何処にでもあんじゃねーか」 大野徹が言い返した。
     
     「そんなことより、俺はビールが飲みてぇよ、帰りに久能山でイチゴでも食  えよ」 五郎が言った。
     
     食事を終え、五郎がまとめて支払いをすると、つり銭に大きくて厚い500円硬貨を渡された。
     
     大井川を渡る頃には太陽は西に傾き、太平洋沿いを走り、御前崎に着いた時に西の空は紅くなっていた。
     
     「今日はここまでだな」 五郎が言った。
     
     「そこのホテルに泊まるか」 大木健介が言った。
     
     「早くビールを飲みてぇーよ」 五郎が言った。
     
     三台のオートバイは御前崎の先端にあるホテルの駐車場に入った。
     
     五郎はピカピカのCB550を、潮風が当たる駐車場に置くことが悪く思えた。
     
     「帰ったら磨いて、ワックスかければいいか」 少し茶色くなっているマフラーフランジを見た。
     
     ジャケットの袖をめくって走ってきた、大木健介と大野徹の腕は、日に焼けて赤くなっていた。
     
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      バイキング式のホテルの朝食を済ませ、三台は浜岡砂丘へと向かった。
     
     ベージュの絨毯を敷いたような砂浜は、人影が見えず風紋が綺麗だった、砂丘と呼ぶ程広くないと三人は感じた。
     
     「これは砂浜だな」 大木健介がそう言うと 
     
     「砂の丘だから、砂丘でいいのさ」 大野徹が言った。
     
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     原子力発電所のゲート前まで行き、来た道を昨日とは反対に向かって走り出した。
     
     焼津では魚の加工工場の臭いに鼻をつまみながら走った、帰りの久能街道も陽射しが強く、直線に三台はスピードを上げた、美保の松原へハンドルを切り、海岸の松林の中にある「羽衣の松」を見た、砂利の海岸から富士山が見えた。
     
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     「此処へ来たのは小学校三年の遠足以来だ」 大野徹が言った。
     
     「俺もあれ以来だ、美保の松原は」 五郎が言った。
     
     「あの時は登呂遺跡に行ったよな、それからさっき通った日本平だ」    大木健介が言った。
     
     富士、沼津と市街地を走り三島から箱根の登りに入った。
     
     箱根の登りは前を行く四輪を、黄色いセンターラインを気にしながら、三台は右から左から追い越した。
     
     昨日、写真を撮った場所を通り過ぎ、芦ノ湖でワカサギ定食を食べ、箱根新道を下り、国道一号を走り、潮風の薫る西湘バイパスを走る三人の背中を紅い太陽が照らした。
     
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    おわり
     
     この物語は妄想です。 実在の人物、団体などには一切関係ありません、画像はイメージです。
     
     

     五月の潮風 2
     
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     大木健介が突然中型の免許を取りGSX400Eを買った記念に、小学校三年生以来の仲間でツーリングに来て、すぐ下に芦ノ湖が見え、その先に富士山、芦ノ湖の右には駒ケ岳、そんな景色をバックに大野徹が、タンクバックから取り出したOM1のシャッターを押した。
     
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     バイクの免許を取った大木健介とツーリングに出るために、五郎と大野徹は知り合いにオートバイを借りてきた。
     
     大野徹は三人の中では一番の走り手で、三台の中では一番小さい排気量のCB250RSを箱根の旧道で、他の二人より早く登らせた、初めて乗るCB250RSはバイト先の先輩に借りた物で、軽快な走りが気に入った。
     
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     五郎はバイクに乗るのは四年振りで、ここをオートバイで走るのは久し振りだった、今日乗って来たオートバイは高校からの友人に借りたCB550で、発売されてから8年経っているが、とても良く磨き込まれ、メッキの部品がキラキラ眩しく、エンジンのフィン一枚一枚磨き上げられて、新車といっても通じてしまうほどの状態だ。
     
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     「これから何処へ行きますか」大木健介が言った。
     
     五郎が言った、「夕暮れまでに行けるところまで行く」
     
     「そこで一泊して、明日帰ってくるか」 大木健介が言った。
     
     「海沿いを西へ走る」 大野徹が言った。
     
     駐車帯の前のカーブをカストロールの臭いを残して、白に青いラインが入ったRZ350が走り抜け、Z400FX が追いかけて行く、それを追いかけるように大木健介のGSX400Eが国道へ飛び出した。
     
     大野徹はカメラをバックに仕舞いヘルメットを被り、グラブをはめGSX400Eを追いかける、CB550のエンジンをセルモーターでかけ、五郎は二台を追って走り出した。
     
     峠の頂上の少し手前に交差点が有る、右に行くと芦ノ湖スカイライン、左に行くと伊豆スカイライン、どちらの道もバイク乗りには有名なワインディングロードだ、芦ノ湖スカイラインはカーブの出方がリズミカルな、適当なアップダウンが有る、外輪山の尾根を走る景色のいい道で、晴れた日に日本一の山を見ながら走るのは気持ちの良いものだ。
     
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     今日は、右にも左にも曲らず国道一号を三島へと下り、沼津、富士、清水と走る、清水からは150号線に入り、駿河湾を左に見ながら殆ど直線の久能街道を走り、安倍川を越え海沿いの県道に入った。
     
     
    つづく
     
    この物語は妄想です。 実在の人物、団体などには一切関係ありません、画像はイメージです。
     

     
     CB550の第一段階の整備が終了したので、82年に借りたCB550でツーリングに行った時を思い出して、作文をしてみました。
     
    五月の潮風
     
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     国道一号線が、大きく左にカーブしながら登って行く、その外側にある駐車帯で3台のオートバイを止めて写真を撮った、太陽の力が強い五月の暑い日だった。
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     五郎は黒のCB550、大野徹は赤いCB250RS、大木健介は黒のGSX400E、三台で伊勢原から大磯線を通り国道一号に出て、二宮から西湘バイパスへ入り先頭を交代しながら箱根へ向かった。
     
     西湘バイパスは左にずっと海が見え、晴れた日に走るには最高だ。
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     料金所のゲートからCB250RSがフルスロットルで飛び出した、GSX400Eが続く、最後にゲートを出たCB550が2台を追いかける、アクセルを思いっきり開け、充分に引っぱってからギヤを上げていく、加速していく時の体を後に引っぱられる感じは久し振りだ、スピードメーターの針が時計の2時辺りを指した。
     
     前を行く2台に追いつき更にアクセルを搾り横を走り抜ける、直線道路は排気量の強みで2台を置き去りにした。
     
     前にいる車を次々にたぐり寄せては後へ放り投げ、バックミラーで後方を見ても、振動するミラーに映るものは何だか分からない、速度警告灯の赤いランプが顎の下でずっと光っていた。
     
     西湘バイパスは箱根入口で国道一号線と合流する、かまぼこ屋の有る国道を暫く走ると、右手に川の流れが現れ、信号機の有る三枚橋交差点に着く、赤信号で止められているとき、ブルージーンズを履いた五郎の腿に当たる太陽は力強く、夏と同じ強さだった。
     
     三枚橋交差点を左に曲り旧道で芦ノ湖を目指す、道幅の狭い温泉街を通り抜け、ワインディングと呼ぶには狭い道を、
    小さなカーブを右に左に進んでいくと、畑宿の集落を通る。
     
     畑宿を過ぎ箱根新道の立体交差が見えるといよいよ目的の七曲の始まりだ、CB250RSは風に舞う木の葉のように、ヒラリヒラリと深いバンク角を使ってきついカーブを駆け上がっていく、GSX400Eも持ち前の粘り強いエンジンでカーブをかわして行く、CB550は思いのほかバンク角が浅く、サイドスタンドが邪魔をして、きつい左カーブに手こずった、甘酒茶屋、お玉が池を過ぎ、信号機のある左ト交差点を下るように左に曲り、杉並木を走り、関所跡、箱根湾を通り過ぎると道が登りになる、右の大きなカーブ、次は左、右、次の左カーブの外側が今居る展望台の様な駐車帯だ。
     
     
    つづく
     
     この物語は妄想です。 実在の人物、団体などには一切関係ありません、画像はイメージです。
     

     
    最近のパチリです
     
    W1Sかと思ったら、ブレーキが
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    コレは、あまり弄られていない車両は貴重か
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    49cc
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    いいヤレ具合、エンジンは調子良さそうでした。
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    無断撮影です、問題が有りましたらご連絡下さい。

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