伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    2011年03月

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     黒いタンクのCB550が五郎の家に停まっていた、乗ってきたのは五郎の高校時代の同級生だった。
     
     「今日で車検が切れるから、最後に山中湖へ行って来た」 
     
     そう言う級友に五郎は聞いた。
     
     「もう車検はとらないのかよ」
     
     「あまり乗らないからな、車にも金が掛かるし、仕事が忙しくてろくに休み  も無いしよ、手放す気は無いけどな」 
     
     「バイクは持ってるだけでも気分が違うからな、250はいいぜ車検が無い  からよ」  五郎が言った。
     
     「もうデカイのは乗らないのかよ、前に乗ってた550はもう無いのかよ」  級友が言った。
     
     五郎が答えた。 
     
     「あの550はスイングアームが曲っててよ、車検が切れて置いといたらラ リーの仲間が欲しいって言うからバーボンと交換したよ、550は乗り易   かったな、また乗りてーな」
     
     そお言う五郎に 
     
     「じゃあこれの車検自分で取って乗れよ、弟がバイクを買って置き場が無  くてよ」  
     
     「それじゃあ取り合えず預かってやるよ、気が向いたら車検を取るか」
     
     五郎はCB550の後に乗り級友の家まで行き、帰りはCB550を運転して来た、そのCB550は5年前に御前崎へツーリング行った時に乗って行ったCB550だった、物置のCB250が有った場所にCB550を置いた。
     
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     その頃CB250を一緒に見に行った友人は、DT1をレストア中で、あちらこちらから新品パーツを買い集め、だんだん出来上がっていくDT1は新車に逆戻りしていた。
     
      山中湖へ向かって、五郎は組み上がったばかりのピカピカなCB250で、新車の様なDT1と一緒に籠坂峠を登っていた。
     
     DT1は野太い排気音と青い煙をマフラーから吐き出し軽快に先を走り、五郎は愚図つくエンジンに手を焼きながら、アクセルを煽り続け山中湖に着いた。
     
     まっ黒なプラグを新しいものと交換して、エアースクリューを少し開けCB250は回復したかに思えた、山中湖を半周して、三国峠を登り、小山に抜け帰る途中でもプラグを交換して、最後は片排になりながら家に辿り着いた。
     
     キャブの分解清掃をしても同様の症状は現れ、片排になるのはどちらの気筒か定まらず、ポイント、イグニッションコイル、プラグキャップ、コンデンサー、など点火系の部品を新品に交換してもそれ程の改善は見られなかった。
     
     レストアする前は調子良かったエンジンが、思うように走れないほどの不調になった。
     
     何度目かのキャブのOHの後、低速ではおぼつかないものの何とか走れる様になり、5000回転から上は今までより力強い走りになった、試しに丹沢湖へ行ってみたが、帰りに走るのが無理な程の不調になり、知り合いのバイク屋に預け、DT1の小さなシートの後に乗って帰ってきた。
     
     数日後CB250を引上げに行くと、バイク屋の作業場の奥にあるCB250のタンクが外してあった。
     
     「チョット弄ってみたんだ、バッテリーを変えてキャブを開けてみたけど、あまり変わらないなぁ」 
     
     知り合いのバイク屋はカワサキの2サイクルが得意で、CBはあまりやった事が無いので興味で弄ってみたと言った。
     
     自分以外の者がやった方が目線が変わっていいかも知れないと思い
     
     「それじゃぁ、もう少しやってみてよ」 五郎はバイク屋に頼んで、空の軽トラックで帰った。
     
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     品川から送られてきた段ボール箱の中から出てきた部品は、どれも深い艶のあるメッキが掛かっていた。
     
     伯父さんの話では、マフラーは薄いのであまり削る事が出来ないから虫くいな仕上げになったと、他は虫食いでは無いが削った場所がへこんでいるとのことだった。
     
     しかし、どれも高級な感じの仕上がりで再メッキをして良かったと五郎は喜んだ。
     
     エンジンは最初の話の通り調子が良かったので、開ける事はせず外側を磨いた、フィンは真鍮のブラシで、クランクケースのカバーは1000番から番手を上げながら耐水紙ヤスリで磨き、青棒を堅バフに付け電動ドリルで磨き、最後は布バフで仕上げた。
     
     車輪もバラしハブを磨き上げシールコートを塗り、新品のスポークとリムで組み上げた。
     
     テールライトのブラケットなど黒い部品は、車の補修用缶スプレーで仕上げ、組み立てる準備は出来た。
     
     材木屋から柱の切れ端をもらってきてフレームーを乗せる台を作り、フレームを乗せ三つ又トップブリッジを組み付け、スイングアーム、ハンドル、フロントフォーク、リヤショック、後輪、前輪を取り付け、エンジンを載せるとオートバイらしくなった。
     
     前後フェンダー、ウィンカー、メーター、キャブレター、エアクリーナー、チェンカバー、電装品、ヘッドライト、フロントブレーキ、マフラーを組み付け、サイドカバー、ガソリンタンクを乗せるとCB250セニアが蘇えった。
     
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     まるで新車の様なCB250に五郎は見とれていた、しかし喜びは続かなかった。

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     部品番号をB5のレポート用紙に並べ、ホンダSFにやって来た。
     
     部品カウンターにいる小柄の係りは顔見知りだった。
     
     「これを頼みたいんですが」 
     
     五郎は沢山の部品番号が書いてあるレポート用紙を差し出した。
     
     「今度はCB250か350だね、これはセニヤだ、多分全部有ると思うけど ワイヤーは黒になるかな」
     
     部品係の小柄な男は中村といい、番号で車種や形式が分かる生き字引で、車種と部品名を言って注文すると注文書に部品番号で書く特技を持っていた。
     
     一週間後SFに部品を取りに行くと、クラッチワイヤー、とアクセルワイヤーはグレーだったが、タコメーターとスピードメーターケーブルのアウターは黒だった。
     
     フレーム、スイングアーム、ガソリンタンク、サイドカバー、ライトステー、ライトケースは知り合いの板金屋に持ち込んだ。
     
     「若い者にやらせて良いかな、金はいいから、練習で」
     
     板金屋の親父は五郎にそう言った。
     
     「イイよ、あの子なら大丈夫だろから」 
     
     五郎はやり方を見習いに教えて任せる事にした。
     
     フレームとスイングアームは上手く出来た、問題はタンクのラインだったラインの幅がまるっきり違っていた。
     
     青い色も少し濃かった。
     
     タンクのラインはカタログや写真から位置を割り出して、五郎がマスキングをした。
     
     青い色も何度か作り直してみたがなかなか決まらず、最後は親方が手を出した。
     
     色塗りは上手くいき、仕上げが終わったと連絡が来たので、引き取りに行くとそこにあるタンクなどはクリヤーが厚く塗られ色が濃く見えた、仕上げのクリヤーを塗りすぎたのだ。
     
     オートバイのガソリンタンクやライトステー、サイドカバーはアールがきつかったり角度があり一気に塗り上げなければならないので、若者にはいい勉強になった。
     

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     五郎の女房の母親の実家は品川でメッキ工場をやっていて、その伯父さんが女房の実家に来たとき五郎は聞いた。
     
     「オートバイの部品もメッキ出来ますか」
     
     「金属ならメッキ出来ると思うけど、今は大きなものはやって無いんだ」
     
     「再メッキなんですが、出来ますか」
     
     「再メッキは古いメッキを剥がすのが厄介だからなぁ、廃液の処理が大変 なんだよ、それに古いメッキを剥がした下地は虫食いだから綺麗に仕上  がらないよ」
     
     「再メッキって大変なんですね」
     
     「自分のオートバイの部品をやるの」
     
     「そうです、ドロヨケとかマフラーとか」
     
     「マフラーは大変だよ前にやった事があるけど、中からオイルが出てくる  から、あの時はエライ目に遭ったよ」
     
     「細かい部品なら大丈夫ですか」
     
     「下地の処理はグラインダーで削るぐらいだから、少しデコボコになるけ  ど銅を厚めにかけて誤魔化す程度の仕上げで良ければやってあげる   よ、帰りにどんなものか見に寄るよ」
     
     品川の伯父さん、帰りに五郎の家に寄ってCB250をみて
     
     「このドロヨケぐらいなら何とか出来そうだよ、マフラーもやってみるよ」   
     そう言って帰った。
     
     二日後、前後フェンダー、エキパイ、マフラー、リヤショックスプリングとカバー、ホーンのカバー、チェンジペダル等をダンボール箱に詰め宅急便で品川に送った。

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