風間岳夫はバイクの車検を取らずガレージに置きっぱなしだった、青井那美も就職をしてオートバイから遠ざかっていた、森泉敏彦は相変わらず休みはオートバイだった。
敏彦がガレージでカップラーメンに湯を注ぎ、ビールを一口飲んだとき電話のベルが鳴った、左手のコップをテーブル代わりの切り株に置き、受話器を取った。
「たまには一緒に飲まないか」 風間岳夫からの電話だった。
「久し振りだな岳夫、イイじゃないか、たまには飲もうぜ」
待ち合わせの店を決め電話を切った、ラーメンとビールを済ませ敏彦はライダージャケットをはおりガレージを出た。
二人は久し振りに顔を逢わせた、口から出るのは思い出話ばかりだった、風間岳夫は疲れた様子だった。別れ際に青井那美が結婚するらしいと言った、風間岳夫と青井那美は恋人同士ではなく、兄弟のような仲だったと風間岳夫は言っていた。
夏の始まりの夜、森泉敏彦がガレージで、カップラーメンに湯を注ぎ、ビールの栓を抜いたとき電話のベルが鳴った、敏彦は八回目のベルで受話器を取った。
「もしもし、森泉さんですか」 電話の相手は青井那美だった。
「風間さんから番号聞いちゃった、今、何してるの」
「ラーメンにお湯を入れたとこ、これからビール」
「まだ飲んでないのね、これからビールって事は」
「今からコップに入れて、口の中へ」
「それじゃあ、まだ飲まないで」
「おいおい、お預けかよ、ひでーな」
「まだオートバイに乗ってるの、森泉さんは」
「今でも乗ってるよ、四気筒、調子はサイコーだぜ」
「それじゃあ、乗せてくれる、これから」
「そーか、今はバイク無いのか、単車は貸してやるから乗りなよ」
「貸してくれなくていいから、後に乗せて」
「こんな時間にかよ、どーしたんだ、急用か」
「こんな時間にかよ、どーしたんだ、急用か」
「お願い、後に乗せてよ」
「分かったよ、それじゃあ、ビールは諦めるけど、ラーメンを食ってから出るよ」
急な願いの理由を、敏彦は一切聞かなかった。
敏彦はラーメンの麺だけ急いで流し込むと、片付けもせず、栓の抜けたビール瓶を恨めしそうに見ながら、コップの水を一気に飲んだ。
四気筒のエンジンはキック一回で調子良くかかった。
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