伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    2011年05月

     
     尾花の穂が銀色にひかり、富士の裾野に広がっていた、それ程離れていない場所で砲撃の音がした、広場には戦車が並んでいた。
     
     東富士演習場の中を貫く広いダートを走り、沖野は自衛隊の演習を見ていた、砲撃の大きな音は空気の振動を体に感じさせた。見ていると追い払われることが殆どだが、その日は見ていても文句は言われなかった。普段聞く事が無い大音量は気持ちが良かった。
     
     ダートを十里木に向かい、十里木から白糸の滝を通り越し、人穴から開拓道路へ入った、森の中の閉鎖的な部分を抜けると朝霧高原の牧場の中に出る、右に富士山を見ながら走ると、青木ヶ原の樹海に入る、開拓道路は信号が一つ有るだけで、平日は交通量が少ない沖野のお気に入りの道だ、樹海に入る前の駐車帯からは本栖湖が見え、西の空が紅くなり始めていた。
    イメージ 1
     
     国道139号の消防署の派出所がある交差点で、沖野は考えた。西湖に行く予定だったが今からでは暗くなって良い写真は撮れない、だが写真は諦めても西湖の周りを走りたかった。
     
     
     
    つづく

     
      黄色や紅に色付いた落ち葉が、アスファルト舗装された林道に広がって、コメツガの細く白い葉が忙しく回転しながら舞っていた。
     
     暑い盛りに来た時に比べ辺りは明るかった、「秋になるとこの道は車が多くて走り難くなる」 沖野が言っていた通りだった、何台もの対向車とすれ違い、妙にゆっくり走る軽トラックにイライラした、路肩におかしな向きで停めてある車のナンバーは遠くから来た車両が多かった。
     
     長靴を履いた中年女性が脇の木陰から飛び出し、佳子は思わずブレーキをかけた、中年女性の持つ竹篭には鮮やかなオレンジ色の大きな茸が入っていた。佳子のブレーキの原因が自分である事などお構いなしにまた森の中へと入っていった。
     
     佳子は高台で朝霧高原の景色を見て、夏に曲った道を思い出しながら走った、憶えのある交差点を左に曲ると、走った事のある別荘地だった。
     
     別荘地を抜け国道に出ると、樹海の中もカラフルな木の葉が、柔らかい陽射しを反射させ暗さは感じなかった、夏に通り過ぎた精進湖へと曲り湖畔を走った、風が無い精進湖の湖面に逆さ富士が映っていた。
     
     陽射しは勢いが無くなり、空は青から紅に変ろうとしていた、佳子は精進湖を後に西湖へと向かった。
     
     
     
    つづく

     
     いつもソロで走る沖野も西田佳子も、車両の違いもあり、互いの走りのイメージが違うのを感じていた、一緒に居るのは楽しかったが、一緒に走るのは互いのストレスになると互いに考えた。
     
     「西田さん、何処か行きたい場所はありますか」
     
     「沖野さんはこれからどうするんですか」
     
     「俺はここから国道138に出て、また山中湖に行って、道志道で帰ろうと思う」
     
     「私は海が見たいから、箱根を通って西湘バイパスで帰るわ」
     
     「それじゃあここでとりあえずの解散という事にしよう」
     
     「今日は楽しかったわ、また何処かで会えるといいですね、今日の事もブログに書くんですか」
     
     「今日の事は記事にするか分からない、気が向いたらまたコメントでも書いてください」
     
     赤いオートバイは四気筒のオートバイに付いて走り出した、沖野が滝ヶ原駐屯地を左に曲がった時、佳子は曲がるかそのまま直進するか迷っていた。
     
     水土野の交差点の手前で、四気筒のバックミラーに赤いヘルメットが映った、水土野の交差点を左に曲がっても赤いヘルメットは映っていた、リサーチパーク入り口の交差点を過ぎると、バックミラーに西田佳子は映らなかった。
     
     西田佳子は裏道で乙女峠に行くんだろうと沖野は考えた、オートバイには良いルート選択だと思った。
     
     バックミラーに赤いヘルメットが映らないのは寂しかった。

     次の日、西田佳子から書き込みが有った
     
     「またどこかで偶然に会えたらステキだわ」
     
     コメントの最後に揺れるハートの絵文字があった。
     
     
     
         この先も読みたい?

     
     赤いオートバイと四気筒のオートバイは、朝霧高原を直線に走り、途中で普段見るよりやせた感じの富士山をバックに、沖野はブログ用の写真を撮った、一面に茂った牧草の上を風が通り過ぎ、揺れる牧草は波のようだった。
     
     
     
     沖野は富士宮やきそばが好物だった。佳子は富士宮やきそばが初めてだった、肉かすと削り粉があまり好きにはなれなかった。
     
     一番暑い時間の、日陰が少ない表富士周遊道路を登り、五合目へ続く道へ曲がった、その道は何年か前まで有料で交差点に料金所のゲートがそのまま残されていた。
     
     快晴で暑かった道も、登るにつれて雲の中に入った、気温はどんどん下がり、風が強く、五合目の温度計は夏だというのに七度だった、景色は全く見えずシールドは水滴で見難かった。
     
     「雲の上に出て、雲海が見えるかと思ったけど、ここは雲の中だ、寒いから早く下りよう」
     
     「そうね寒いは、真夏なのに信じられない、手が悴んじゃった」
     
     「さっき下から見たときは、雲なんて無かったのに、ここの天気は気まぐれだ」
     
     寒さに震えながら視界の悪い道を下り、表富士周遊道路に戻ると夏の日差しが二人を照らした。
     
     「冬から夏に戻ってきた、今の道には春が有ったっのかなぁ」
     
     沖野と佳子は水ヶ塚のパーキングで、二度目のコーヒーを沸かして飲んだ。
     
     
    つづく

     
     「コーヒーは如何」 ガスコンロで湯を沸かし、ドリップのコーヒーを沖野が入れた。
     
     「あら、本格的なのね、遠慮なくいただくわ」 ステンレスのマグカップのコーヒーの香りを、西田佳子は鼻を左右に振りながら嗅いだ。 
     
     「あの湖は何処かしら」 
     
     「あれは本栖湖、あそこから見た富士山が千円札の富士山」 こんもりとした大室山の先に本栖湖が見えた。
     
     「コーヒーを飲んだら本栖湖に行こう、今来た道を戻るようだけど」
     
     「千円札の富士山を見てみたいわ、行きましょう」
     
     二台のオートバイは林道を戻り、途中を左に曲り別荘地を抜け、樹海の中を走る国道に出た。
     
     精進湖入口を通り過ぎ、樹海の中を走り信号のある交差点を右に曲ると、本栖湖の湖畔を走る、やがて見えるトンネルの手前を、左に曲るとキャンプ場があり、その辺りから見た富士山が千円札の富士山だ。
     
     「本当だ、同じ景色だわ」西田佳子は千円札を右手に持って、景色と比べて喜んでいた。

     「あの日ブログで沖野さんが伊豆に来ることを知って、もしかしたらお会い出来るかも知れないと思って、私も伊豆に出かけたの、沖野さんがあのパーキングに寄ることは、以前の記事でなんとなく分かっていたの、防波堤の隅で蟹を見ていたら、オートバイの走り出す音が聞こえて、音の方を見たらそーかも知れないと思って、私も走り出したの」
     
     「それじゃあ、前から俺のブログを見てくれてたんだ、あの日の出会いは創られた偶然だったのかぁ」
     
     「創った訳じゃないわ、あそこで会ったのは偶然です、待ち伏せした訳じゃないもの」
     
     「偶然かどうかより、出会えた事の方が大事だな、運命ってやつかな」
     
     西田佳子はブログで、楽しい記事を書く沖野に興味を持っていた。
     
     「いつかどこかで出会えたら素敵だなって何時も思っていたの、あの日は写真のままの沖野さんを見て、緊張してしまったの、逃げた訳じゃ無いけど、恥ずかしかったのよ追いかけられて、でもまさかガス欠だったなんて」
     
     佳子は困ったような笑顔で沖野を見た。
     
     「西田さんもブログをやってるの」
     
     「私もやってはいるんだけど、たまにしか更新してないの」
     
     「そうなんだ、どんな記事か今度見せてもらうよ」
     
     「これからどこへ行くんですか」
     
     「お腹がすいたから、富士宮やきそばを食べて、それから、表富士の五合目に行くっていうのはどう」
     
     「そうしましょう、お腹がすいたわ」
     
      「今日は暑いから、このヘルメット、私ねヘルメットは赤に決めてるの」 佳子はジェット型のヘルメットを被りながらそんなことを言った。
     
     
    つづく

    このページのトップヘ