伊勢原CB

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    2012年10月

    ソフトクリームは恋の味ー最終回
     
     
     
     義昭はバイク屋でヘルメットを買い、箱ごとシートに縛り付けた、白糸の滝には四時に着いた。
     
     「今日はやっぱりバニラがいいな」
     
     「ホントに来てくれたのね、何だかドキドキするわ」少女がソフトクリームを差し出しながら言った。
     
     「約束だからね、ヘルメットも持って来たよ」
     
     「本当にオートバイに乗せてくれるのね」
     
     「バイトが終わるまで待ってるよ、駐車場にバイクは置いてあるから、そこで待ってる」
     
     繁盛時を過ぎ賑わいの消えた観光地の売店は店じまいの準備を始めていた、ゴミを片付ける年配の女性、売れ残りの商品を片付ける若いアルバイト、やがてそれぞれの店は扉を閉めた。
     
     CB250の脇で待ってる義昭に向かって少女が歩いてきた。
     
     「このヘルメットなんだけど」
     
     「少し大きいみたい」少女はヘルメットを被って言った。
     
     「大きかったか、サイズが分からなかったから」
     
     「でも、大丈夫よこれで」
     
     「家はここから近いの」
     
     「家は富士宮なのバスで通ってるの」
     
     「そうか帰りは送るよ、少し走ろう」
     
     「嬉しいわオートバイは初めてなの、少し怖いな」
     
     少女を後ろに乗せ義昭は走り出した、CB250に二人乗りで朝霧高原を走り、幸せな夕暮れ時を過ごした。
     
     夏休みが終わり二人は文通を始めた、義昭は月曜に手紙を出し、少女は木曜日にポストに入れた。
     
     日曜にはCB250で富士宮へ義昭は走った、冬の寒い日には裾野から富士宮へ入った。
     
     高校を卒業して、義昭が彼女を迎えに行く乗り物はクーペになり、CB250は物置きの中だった。
     
     三十五年の月日が過ぎ、ソフトクリームを作っていた少女も今は三人の娘のお母さんだ。
     
     そして、義昭がエンジンをかけたオートバイの音を聞きながら夕飯を作っている。
     
     CB250の排気音の中に夕焼けの朝霧高原が浮かんだ、二人乗りで走ったあの夏が。
     
     
    終わり
     

     
    ソフトクリームは恋の味ー7
     
     
     
     義昭は次の日も夜明け前の本栖湖でルアーを投げていた。
     
     それまで投げていた金色のスプーンを黒いスプーンに変えた時、竿先に変化があった、ルアーに何かが当たった感触だった、沈め過ぎて根掛りだろうかと思い、竿を立てて早めにリールを巻いた、それから何度投げても感触は無かった。
     
     少ない手持ちのルアーの中に黒いボディーのスピナーが入っていた、真鍮のブレードが酸化して鈍い色の10gのスウェーデン製のスピナーだ、いつ手に入れたのかは忘れたが、どこかで拾った物だった。
     
     
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     スナップスイベルに黒いスピナーを付けると、沖に向け思い切り竿を振った、思いのほか遠くまでスピナーは飛んだ、リールを巻く速さを変えながら何度も投げた、正面に見える富士山の左の空が明るくなり、湖面に逆さ富士がはっきり写り始めた、リールを巻く速さを変えたとき竿を引っ張られる感触があった、竿は弓型になりグイグイ引かれた、その魚の経験がない義昭は、安物のグラスロッドと頼りないドラッグのスピニングリールでは太刀打ち出来なかった、呆気なく竿は軽くなりラインが竿先から力なく垂れた、義昭は茫然と湖面を見た、風の無い湖面の綺麗な逆さ富士など気が付かなかった。きのう水産試験場で見た大きな鱒を思い浮かべた、相応のタックルが必要だと痛感した。
     
     日が高くなるまで場所を変えながらルアーを投げたが、当たりは無かった、義昭はCB250で本栖湖から走り出した。
     
     白糸の滝まで走り切るとヘルメットを被ったまま歩きだした。
     
     「今日はミックスにしようかな」ソフトクリームを注文した。
     
     「今日はオートバイなの」
     
     ヘルメットを脱ぎながら義昭は「そうそう、いつもオートバイだよ」と言った。
     
     焦茶と白のストライプの渦巻きを少女は義昭に差し出した。
     
     「オートバイで走るのは気持ちが良さそうね」
     
     「夏は暑いけど走ってる間は気持ちが良いよ」
     
     「私もオートバイに乗ってみたいわ、風を受けて走ってみたい」
     
     「後ろで良ければ乗せてあげれるけど」義昭は思い切って言った。
     
     「後ろでも良いわ、乗ってみたい」
     
     「バイトは何時に終わるの?」
     
     「五時に終わりなの」
     
     「五時ならまだ明るいから少しは走れる、明日ヘルメットを持って来るよ、一緒に走ろう」義昭はそう言うのがやっとだった。
     
     「嬉しいわ、乗せてくれるのねオートバイに」
     
     「じゃあ、明日また来るよ」
     
     
    つづく

     
    ソフトクリームは恋の味ー7
     
     
     義昭は昨日通った道で朝霧高原を走った、一人でのんびり走ると昨日は目に入らなかった景色が見えた。
     
     小さな橋を渡るときに見えた水の無い川は、川底が砂では無く、一枚の大きな岩の上を水が流れ、浸食された岩が層を重ねた綺麗な模様だった。
     昨日気になった水産試験場にも寄ってみた、養殖池に泳ぐ大型の鱒に目を見張った、ニジマスの系統選別育種ドナルドソントラウトの大きさは1mを優に超えていた、本栖湖を泳ぐモンスターブラウンの姿を想像した。
     
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     白糸の滝に着くと昨日と同じ場所に、2ストローク三気筒の500ccが二台停まっていた、その隣にCB250を停めサイドスタンドを出した、来た道に逃げ水が見えた。
     
     売店の少女はソフトクリームを作るのに忙しそうだった、義昭は少女の手が空くのを待ってから 「バニラを一つ」と注文した。
     
     少女は慣れた手つきでコーンの上にグルグルとソフトクリームを積み上げた。
     
     「はい、どうぞ」と言いながら義昭にソフトクリームを手渡した。
     
     受け取るとき義昭の人差し指の先が少女の人差し指に触れた、義昭は顔を赤くした。
     
     「アルバイト?」義昭は思い切って少女に話しかけた。
     
     「そう、夏休みのアルバイトなの」少女は答えた。
     
     「忙しいみたいだね」
     
     「お昼の時間は忙しいわ、三時過ぎると暇なのよ、観光地だから」
     
     「毎日働いてるの、休み無し」
     
     「お盆休み中はお客さんが多いから休み無しなの」
     
     「それは大変だね、毎日じゃ」
     
     「昨日もバニラだったでしょ」
     
     「エッ!覚えてるの?昨日来たのを」
     
     「お友達と三人で来たでしょ、覚えているわ、今日は一人なの」
     
     「おっおお、今日は一人で大好物のソフトを食いに来たんだ」
     
     「バニラが好きなのかな、ミックスの人が多いのよ」
     
     「そう、でも何となくバニラが好きかな」
     
     家族連れの客がソフトクリームを注文して、二人の会話は途切れた、義昭は右手で挨拶をして歩きだした、CB250に戻るとヘルメットを被り来た道を戻った。
     
     
    つづく

     
    ソフトクリームは恋の味ー6
     
     
     
     次の日、義昭は釣り道具をシートに乗せ、まだ暗い国道139号を本栖湖目指して走っていた、本栖湖に着くと適当なポイントでルアーを投げ始めた、日が上がり自分の影が短くなった、魚の反応は一度もなかった、釣り道具を片付け左回りにポイントを探しながら走った、競艇場先の岩場で釣りをする年配の男性を見つけ話しかけた。
     
     「鯉ですか」
     
     「いや、ブラウン、今日はもう日が高くなったからお終いだ」
     
     「いつもここで釣るんですか?」
     
     「ここは実績があるからね、急深なんだここは、今年は大きいのを5匹上げたよ。君も釣りかい、若いからルアーかな?」
     
     「はい、ルアーです、本栖湖は今日が初めてです」
     
     「ルアーの人はこの先の川尻で腰まで水に入ってやってるね、トンネルの下なんかもよくやってるね」
     
     釣りのポイントや餌釣りの方法、えさは活きたヤマベが良いこと、本栖湖についての話をしてくれた。
     
     竿を片付け始めた釣り師に礼を言うとCB250に跨った、湖畔を走りキャンプ場の前を通り過ぎると、昨日ラーメンを食べた土産物屋の前に出た。短い上り坂を上がり交差点を右に曲った、鋭角に曲り込む為右に傾けたCB250のブレーキペダルが路面に擦りガリっと音がした。その先の交差点の信号は青だった。
     
     右にウィンカーを出し国道139号に出ると、樹海の中の左カーブを駆け上がった。
     
     

     
    ソフトクリームは恋の味ー5
     
     
     
     健一を先頭に白糸の滝から裾野を抜け、箱根を目指して地図の通りに走ったつもりが、三島の駅前に出た。
     
     「箱根に着くはずじゃねーのかよ、三島って書いてあるぜ」
     
     「御殿場って書いてある方へ行くんじゃなかったのか」
     
     「箱根は御殿場の先だろ、あそこで左だったんじゃねーのか」
     
     「三島から一国を上がれば箱根だろ」
     
     「一国はどっちよ」三島の街中で三人は方向を無くしていた。
     
     「このまま行きゃあ出るんじゃねーのかよ」久夫はひと吹かしすると交差点を直進した。
     
     信号が赤になり二台は遅れた、青になると二台は久夫を追った、幾つ交差点を過ぎても久夫の姿は無かった、国道一号の交差点に出た二台は案内標識の通り箱根へと左に曲った、やがて国道は箱根への登りになりカーブが多くなった、箱根峠を過ぎ元箱根の杉並木で健一はヘッドライトを点けた、暗い杉並木を抜けた先の赤い鳥居の脇に久夫が止まっていた。
     
     「遅かったじゃねぇか」
     
     「勝手に先に行きやがってよぉ」
     
     「おまえ達のことだから有料の新道は下らねぇだろうから、ここで待ってたんだぜ」
     
     「下りは七曲かよ」
     
     「どっちでも良いぜ、七曲にするか」
     
     三人とも箱根は何度も走っことがあった、小田原へ下りる道はよく知っていた。
     
     七曲を下り、三枚橋を右に曲がると国道一号だ、橘から西湘バイパスに入り、大磯を過ぎ海岸線を左に曲がり八間道路を通り義昭の家の前で三台は別れた。
     
     
    つづく

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