車の往来が激しい幹線道路の脇に、そのトタン張りの物置を改装して作った作業場はあった、その中

で蛍光灯の作業灯に照らされた、ガソリンタンクの付いていないホンダのCB500を、その男は見なが

ら小さく

「チェ」

と吐き捨てた、この500を有名なオークションで手に入れてから、500を見るたびに

「ガッテム」「シット」

など怒ったように口から吐いていた。

「何が6000キロちょっとだよ、見りゃー判んだよ、バカにしやがって」

小さい声で呟いた、顔に怒りの表情が出ている。

右手にドライブスプロケットを持っていた、ナナハンにも使われている、そのドライブスプロケットは

今ではメーカーから手に入れる事は出来ない

「コレが6000キロちょっとのわけねーだろ」
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男は顔を右にむけた、そこには500の後輪が、部品用の棚に斜めに立てかけてあった。

「ココだって減ってんじゃねーか」
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後輪の右に置かれた、ステンレス製のトレーの中には、だいぶくたびれたドライブチェンが入っている

それは細い蛇が、とぐろを巻いているようにも見えた。

「チェンだってクタクタじゃねーか」
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そばに黄色いパッケージが置いてある、AFAM、リブロパーツのメーカーだ、スプロケットの種類が多

く、沢山の旧車乗りが使っている。
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新品のドライブスプロケットを取り出しドライブシャフトに取り付けた。

「こんなもんだろう」

取り付けボルトはチェンを付けてから、規定のトルクで締めるつもりだ。

時計を見た

「もうこんな時間か」

そう呟き

「今日はこんなもんかな」

そう言って、パーソナルコンピューターのモニターの、アイコンを見た、右手にマウスを持ち、慣れた手

つきで、1CLUB.FMのアイコンをダブルクリックした。

モニターの横の小さなスピーカーから、犬の遠吠えの様な、ハンク・ウィリアムスの声が流れた

インターネットで配信されている、アメリカのラジオだ、最近クラシック・カントリー・チャンネルが、

お気に入りだ。
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乱雑に物が置いてある作業台の上の、ウィスキーをステンレスのカップにワンフィンガー入れ、外の水道

の水で水割りを作った。
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氷は入れずにそのまま飲みながら、498ccのエンジンを見ている。

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「イイじゃん」

「今度はブレーキか」

そう呟いた、わが子を見る様な穏やかな表情だ。

ラジオのチャンネルを変えた、今度はスローなブギが流れてきた。