「コーヒーは如何」 ガスコンロで湯を沸かし、ドリップのコーヒーを沖野が入れた。
 
 「あら、本格的なのね、遠慮なくいただくわ」 ステンレスのマグカップのコーヒーの香りを、西田佳子は鼻を左右に振りながら嗅いだ。 
 
 「あの湖は何処かしら」 
 
 「あれは本栖湖、あそこから見た富士山が千円札の富士山」 こんもりとした大室山の先に本栖湖が見えた。
 
 「コーヒーを飲んだら本栖湖に行こう、今来た道を戻るようだけど」
 
 「千円札の富士山を見てみたいわ、行きましょう」
 
 二台のオートバイは林道を戻り、途中を左に曲り別荘地を抜け、樹海の中を走る国道に出た。
 
 精進湖入口を通り過ぎ、樹海の中を走り信号のある交差点を右に曲ると、本栖湖の湖畔を走る、やがて見えるトンネルの手前を、左に曲るとキャンプ場があり、その辺りから見た富士山が千円札の富士山だ。
 
 「本当だ、同じ景色だわ」西田佳子は千円札を右手に持って、景色と比べて喜んでいた。

 「あの日ブログで沖野さんが伊豆に来ることを知って、もしかしたらお会い出来るかも知れないと思って、私も伊豆に出かけたの、沖野さんがあのパーキングに寄ることは、以前の記事でなんとなく分かっていたの、防波堤の隅で蟹を見ていたら、オートバイの走り出す音が聞こえて、音の方を見たらそーかも知れないと思って、私も走り出したの」
 
 「それじゃあ、前から俺のブログを見てくれてたんだ、あの日の出会いは創られた偶然だったのかぁ」
 
 「創った訳じゃないわ、あそこで会ったのは偶然です、待ち伏せした訳じゃないもの」
 
 「偶然かどうかより、出会えた事の方が大事だな、運命ってやつかな」
 
 西田佳子はブログで、楽しい記事を書く沖野に興味を持っていた。
 
 「いつかどこかで出会えたら素敵だなって何時も思っていたの、あの日は写真のままの沖野さんを見て、緊張してしまったの、逃げた訳じゃ無いけど、恥ずかしかったのよ追いかけられて、でもまさかガス欠だったなんて」
 
 佳子は困ったような笑顔で沖野を見た。
 
 「西田さんもブログをやってるの」
 
 「私もやってはいるんだけど、たまにしか更新してないの」
 
 「そうなんだ、どんな記事か今度見せてもらうよ」
 
 「これからどこへ行くんですか」
 
 「お腹がすいたから、富士宮やきそばを食べて、それから、表富士の五合目に行くっていうのはどう」
 
 「そうしましょう、お腹がすいたわ」
 
  「今日は暑いから、このヘルメット、私ねヘルメットは赤に決めてるの」 佳子はジェット型のヘルメットを被りながらそんなことを言った。
 
 
つづく