トンネルの入口で雨が強くなった、峠を登り始めてシールドに霧雨が滴を作った、対抗で走ってくる車両はすでにずぶ濡れだった。
 
 峠を登りきるとダム湖の畔を走る県道の、二つ目のトンネルに入るほんの少し手前で大粒が落ちてきた、トンネルの出口から先は充分に濡れる降り方だった。彼はトンネルを出るのを躊躇した、雨粒が掛からない路面が乾いた場所で、オートバイを止めサイドスタンドを出した。
 
 オートバイが入ったのをトンネル中に響く排気音で気付いた、バックミラーに映るセダンの後ろにヘッドライトが一つ見えた、セダンが脇を通り過ぎると次に通過する筈の排気音が回転を落とした、彼のオートバイのすぐ後ろでアイドリングする排気音が聞こえた、トンネルの中はすぐに静かになった。
 
 「さっきまで降っていなかったのに」 ヘルメットの中から声がした。
 
 「この先もすでに濡れ放題」 彼はヘルメットを被ったまま、濡れたオートバイを気にしているライダーに声を掛けた。
 
 「この雨は止みそうに無いわね」
 
 「濡れるのがイヤなら引き返した方が良いですよ、少し手前はそれ程の雨じゃなかったでしょう、この先はこの降りのままだと思いますよ」
 
 「私はUターンなんか出来ないわ、せっかく来たのに」
 
 「通り雨ではないけれど、強くなったり弱くなったり今日はそんな降り方でしょうね」
 
 「場所によって降り方が違うのね」
 
 「少し弱くなったかしら」
 
 クラッチを握りスターターボタンを押し、ギヤを入れ濡れた道へと慎重に走り出した、後輪が巻き上げる雨水が放射状に後ろに飛び跳ね、タイヤが通った路面は一筋に細かい泡が繋がった。
 
 彼もセルモーターでエンジンをかけ雨の中へと走りだした、路面には一筋の泡がまだ見えた。
 
 あのオートバイは雨の中をどこへ行くのだろう、彼はそんな事を考えながら雨の中を約束の場所へと急いだ、茶色いブーツの表面が水を吸って色が濃くなっていた。