心に響く音がある、忘れられない音がある、過去が拡がる音がある。
 
 その音が聴きたくてキックペダルを踏み下ろす、クロームメッキのマフラーから懐かしい音が吐きだされる、アクセルを煽るたび五郎は歳が若くなる、暖機が終わりヘルメットを被り、シートに馬乗りになる頃には五郎の心は十六歳の少年だ、左手でクラッチを握りギヤを一速に入れ、後方確認をして走り出す、一切の面倒事はバックミラーの景色の中に置き去りだ。
 
 そんな音を聞きたくて乗るオートバイがある、しかし71年製のそのオートバイの音は似ているが同じでは無かった、70年製のマフラーと外側の形は同じだが、中の造りが違う、当時の騒音規制は毎年見直され対応に追われたメーカーは、静音性を高めたマフラーを採用したモデルを最新機種として発売した、71年と70年は似た排気音だが、音の大きさだけでなく響きが違う、五郎の耳の奥にある音は70年のマフラーから吐きだされる音だった。
 
 
 五郎は70年式のオートバイを手に入れて整備を始めた。
 
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