ソフトクリームは恋の味ー7
 
 
 
 義昭は次の日も夜明け前の本栖湖でルアーを投げていた。
 
 それまで投げていた金色のスプーンを黒いスプーンに変えた時、竿先に変化があった、ルアーに何かが当たった感触だった、沈め過ぎて根掛りだろうかと思い、竿を立てて早めにリールを巻いた、それから何度投げても感触は無かった。
 
 少ない手持ちのルアーの中に黒いボディーのスピナーが入っていた、真鍮のブレードが酸化して鈍い色の10gのスウェーデン製のスピナーだ、いつ手に入れたのかは忘れたが、どこかで拾った物だった。
 
 
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 スナップスイベルに黒いスピナーを付けると、沖に向け思い切り竿を振った、思いのほか遠くまでスピナーは飛んだ、リールを巻く速さを変えながら何度も投げた、正面に見える富士山の左の空が明るくなり、湖面に逆さ富士がはっきり写り始めた、リールを巻く速さを変えたとき竿を引っ張られる感触があった、竿は弓型になりグイグイ引かれた、その魚の経験がない義昭は、安物のグラスロッドと頼りないドラッグのスピニングリールでは太刀打ち出来なかった、呆気なく竿は軽くなりラインが竿先から力なく垂れた、義昭は茫然と湖面を見た、風の無い湖面の綺麗な逆さ富士など気が付かなかった。きのう水産試験場で見た大きな鱒を思い浮かべた、相応のタックルが必要だと痛感した。
 
 日が高くなるまで場所を変えながらルアーを投げたが、当たりは無かった、義昭はCB250で本栖湖から走り出した。
 
 白糸の滝まで走り切るとヘルメットを被ったまま歩きだした。
 
 「今日はミックスにしようかな」ソフトクリームを注文した。
 
 「今日はオートバイなの」
 
 ヘルメットを脱ぎながら義昭は「そうそう、いつもオートバイだよ」と言った。
 
 焦茶と白のストライプの渦巻きを少女は義昭に差し出した。
 
 「オートバイで走るのは気持ちが良さそうね」
 
 「夏は暑いけど走ってる間は気持ちが良いよ」
 
 「私もオートバイに乗ってみたいわ、風を受けて走ってみたい」
 
 「後ろで良ければ乗せてあげれるけど」義昭は思い切って言った。
 
 「後ろでも良いわ、乗ってみたい」
 
 「バイトは何時に終わるの?」
 
 「五時に終わりなの」
 
 「五時ならまだ明るいから少しは走れる、明日ヘルメットを持って来るよ、一緒に走ろう」義昭はそう言うのがやっとだった。
 
 「嬉しいわ、乗せてくれるのねオートバイに」
 
 「じゃあ、明日また来るよ」
 
 
つづく