伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

     
     赤いオートバイと四気筒のオートバイは、朝霧高原を直線に走り、途中で普段見るよりやせた感じの富士山をバックに、沖野はブログ用の写真を撮った、一面に茂った牧草の上を風が通り過ぎ、揺れる牧草は波のようだった。
     
     
     
     沖野は富士宮やきそばが好物だった。佳子は富士宮やきそばが初めてだった、肉かすと削り粉があまり好きにはなれなかった。
     
     一番暑い時間の、日陰が少ない表富士周遊道路を登り、五合目へ続く道へ曲がった、その道は何年か前まで有料で交差点に料金所のゲートがそのまま残されていた。
     
     快晴で暑かった道も、登るにつれて雲の中に入った、気温はどんどん下がり、風が強く、五合目の温度計は夏だというのに七度だった、景色は全く見えずシールドは水滴で見難かった。
     
     「雲の上に出て、雲海が見えるかと思ったけど、ここは雲の中だ、寒いから早く下りよう」
     
     「そうね寒いは、真夏なのに信じられない、手が悴んじゃった」
     
     「さっき下から見たときは、雲なんて無かったのに、ここの天気は気まぐれだ」
     
     寒さに震えながら視界の悪い道を下り、表富士周遊道路に戻ると夏の日差しが二人を照らした。
     
     「冬から夏に戻ってきた、今の道には春が有ったっのかなぁ」
     
     沖野と佳子は水ヶ塚のパーキングで、二度目のコーヒーを沸かして飲んだ。
     
     
    つづく

     
     「コーヒーは如何」 ガスコンロで湯を沸かし、ドリップのコーヒーを沖野が入れた。
     
     「あら、本格的なのね、遠慮なくいただくわ」 ステンレスのマグカップのコーヒーの香りを、西田佳子は鼻を左右に振りながら嗅いだ。 
     
     「あの湖は何処かしら」 
     
     「あれは本栖湖、あそこから見た富士山が千円札の富士山」 こんもりとした大室山の先に本栖湖が見えた。
     
     「コーヒーを飲んだら本栖湖に行こう、今来た道を戻るようだけど」
     
     「千円札の富士山を見てみたいわ、行きましょう」
     
     二台のオートバイは林道を戻り、途中を左に曲り別荘地を抜け、樹海の中を走る国道に出た。
     
     精進湖入口を通り過ぎ、樹海の中を走り信号のある交差点を右に曲ると、本栖湖の湖畔を走る、やがて見えるトンネルの手前を、左に曲るとキャンプ場があり、その辺りから見た富士山が千円札の富士山だ。
     
     「本当だ、同じ景色だわ」西田佳子は千円札を右手に持って、景色と比べて喜んでいた。

     「あの日ブログで沖野さんが伊豆に来ることを知って、もしかしたらお会い出来るかも知れないと思って、私も伊豆に出かけたの、沖野さんがあのパーキングに寄ることは、以前の記事でなんとなく分かっていたの、防波堤の隅で蟹を見ていたら、オートバイの走り出す音が聞こえて、音の方を見たらそーかも知れないと思って、私も走り出したの」
     
     「それじゃあ、前から俺のブログを見てくれてたんだ、あの日の出会いは創られた偶然だったのかぁ」
     
     「創った訳じゃないわ、あそこで会ったのは偶然です、待ち伏せした訳じゃないもの」
     
     「偶然かどうかより、出会えた事の方が大事だな、運命ってやつかな」
     
     西田佳子はブログで、楽しい記事を書く沖野に興味を持っていた。
     
     「いつかどこかで出会えたら素敵だなって何時も思っていたの、あの日は写真のままの沖野さんを見て、緊張してしまったの、逃げた訳じゃ無いけど、恥ずかしかったのよ追いかけられて、でもまさかガス欠だったなんて」
     
     佳子は困ったような笑顔で沖野を見た。
     
     「西田さんもブログをやってるの」
     
     「私もやってはいるんだけど、たまにしか更新してないの」
     
     「そうなんだ、どんな記事か今度見せてもらうよ」
     
     「これからどこへ行くんですか」
     
     「お腹がすいたから、富士宮やきそばを食べて、それから、表富士の五合目に行くっていうのはどう」
     
     「そうしましょう、お腹がすいたわ」
     
      「今日は暑いから、このヘルメット、私ねヘルメットは赤に決めてるの」 佳子はジェット型のヘルメットを被りながらそんなことを言った。
     
     
    つづく

     そのまま二台は並んで走り、次の赤信号で止まった。
     
     「暑いわ、このまま走りましょう」
     
     「それじゃあこのままご案内します」
     
     西田佳子は汗を掻いていた、赤信号で止まっている間も、ペットボトルのエビアンを何度も飲んでいた。
     
     赤いオートバイはライダーに当たる風が少なく、ライダーの疲労軽減に役立つポジションだが、速度の出ない峠道は裏腹に暑いらしい。
     沖野が乗る旧いオートバイは、体全体に風を受け、夏場は最高のポジションだが高速は疲れる。
     
     吉田に入る手前を左に曲り、有料道路の側道を走り、日の射さない直線の道を登り、五合目まで行く有料道路に平行して走る、アスファルト舗装された林道に入った。林道は、カラマツの植林帯を走り、幅は少ないが良いワインディングだった。
     
     有料道路を潜り、次の交差点を左に行くと、深い森の中を直線に八百メートル続く、軽い左カーブの先はまた長い直線だ、針葉樹が香る空気は心地良かった、速度を上げて二台のオートバイは走り抜けた。
     
     木立に阻まれた日光が、木の葉の隙を狙って射しこみ、深い森に揺れていた、黄色や白の小さな花が群生していた。
     
     暫く走ると辺りが明るくなり空気が変った、青木ヶ原樹海上部の高台だ、明るくなった左カーブの先は、樹木が無く、朝霧高原を見下ろす景色の良いところだった。
     
     景色の良い場所に沖野はバイクを停めた、西田佳子はヘルメットのシールドを開け、いきなり開けた景色に見入っていた。
     
    イメージ 1
     
    つづく

     
     四気筒のオートバイをガレージから押し出し、ガソリンコックをONに捻り、チョークを閉め、力いっぱいキックペダルを踏み下ろす、四回踏み下ろしてからイグニッションスイッチをONに回し、軽くアクセルを開けながら力いっぱいキックペダルを踏み下ろすと、勢い良くエンジンはかかった。
     
     アイドリングが安定するまで、徐々にチョークを開け、アクセルを捻り、二千回転をキープする、エンジンが温まると千四百辺りでアイドリングは安定した。
     
     国産の革で出来たライダーパンツと薄手のシングルジャケットを身に着け、顎紐のDリングを締め、夏用のグラブに指を通し、オートバイに跨ると、キルスイッチをONに回し、セルモーターで四気筒のエンジンをかけた。
     ブーツのベルクロを締めなおすと、一速にギヤを入れ、後方を確認して、沖野は約束の場所へと走り出した。
     

     篭坂峠は霧に包まれていた、天気の良くなる日の早朝は霧がかかることが多い、走りなれた峠道だが沖野は、頂上手前のきつい左カーブは好きになれないカーブだった、若い頃サイドスタンドが引っ掛り転倒しそうになった事が、トラウマになっていた。
     
     篭坂を下り正面に湖が見える、T字型の交差点を左に曲り、その先のファミリーレストラン前の駐車場が、待ち合わせ場所だった。
     
     良い具合に霧のかかった湖は幻想的だった、エレキモーターの音が霧の中から聞こえてくる、ラージマウスバス狙いのアングラーがポイントを目指しているんだろう、岸際でランカーがモーニングライズを繰り返していた。
     
     約束の時間はまだ先だ、沖野は霧が晴れはじめた山中湖を時計回りに一周しようと走り出した、長池を走るときバックミラーに富士山が映った。
     
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     平野で富士山の写真を撮り、時計を見ると、丁度良い時間だなと思った、更に湖を半周して、篭坂からのT字路が見えた。
     
     篭坂からの交差点を左に曲る赤いオートバイが見えた、沖野は信号が青になるとフルスロットルで追いかけた、約束の駐車場の手前で追いつき、右に並んだ。
     
     
    つづく

     沖野がやっている、インターネットのブログ「風は佇まない」に書き込みが有ったのは、西伊豆でガス欠になった一週間あとだった。
     
     「こんにちは、赤いフルフェイスです、トンネルを抜けて暫くしたら居なくなったので、どうしたのかチョット心配していました、あそこでガス欠じゃ大変でしたね。」 内緒で入ったコメントにはそんな事が書いてあった。
     
     沖野は伊豆での出来事を、ブログの記事に面白く書いていた、それ程訪問者があるブログではないが、何人かのブロガーとコメントのやり取りはしていた。 その記事を見た、赤いオートバイの女性ライダーから、書き込みが有ったのだ。
     
     「先日は失礼しました、魅力的な女性ライダーを見かけて、ストーカーしてしまいました、またお会いする機会が有りましたら、その時はお詫びにコーヒーでも。」 沖野は返事のコメントに書いた。
     
     
     
     梅雨が空けこれ以上無い夏空が続いた夜、沖野のブログに赤いフルフェイスからまた書き込みが有った。
     
     「暑くてたまらないので、涼しいところに走りに行きたいです、良い場所をご存知ですか?」
     
     「今の時期に涼しいツーリングなら、山の中の木立に囲まれた道がお勧めです、朝の早いうちに幹線道路を走り抜けて、太陽が高くなる前に山の中に入る、太陽が西に傾いたら山から出てくる、いくつか良い場所は知っています、どちらにお住まいですか?」 沖野は返事を書いた。
     
     「私は横浜の西の端に住んでるの、今度の火曜日はお休みなので、その日に行こうと思っているの、どこが良いかしら?」 
     
     「横浜の西からだと、箱根なども良いですが、人の居ない場所がお好みなら富士山の林道がお勧めかな」
     
     「富士山の林道ですか、行った事が無いので全然分からないです」
     
     「それなら今度の火曜日、ご案内します、山中湖で待ち合わせましょう」
     
     沖野は、携帯電話の番号とフルネームを書いて返信した。
     
     赤いフルフェイスからもフルネームの入った「宜しくお願いします」と言うコメントが来た。 赤いフルフェイスは、西田佳子という名前だった。
     
     
    つづく

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