伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

     
    続・少年の夏ー9
     
     
     チャックがオートバイに乗り始めて最初の冬、北風が冷たい晴れた日、チャックはいつものようにオートバイで防波堤へやって来た、海へ足を投げ出し防波堤に腰をおろし、帰ってくる少女を待っていた。
     
     太陽は西の丘に沈み、辺りは暗くなり始めた、路線バスのヘッドライトが眩しく路面を照らした、バスが通り過ぎると道路の向こう側に二人乗りの自転車が見えた、後ろから降りた少女は、ハンドルを持つチャックが知らない少年に手をふり、トタン張りの建物へ入った。
     
     その日からチャックは防波堤へ来るのを止めた、そして、将来なんて何も考えないままに、受験勉強なんて殆どせず親の言うとおり大学を受け、合格したので入学した。
     
     大学へはオートバイで通った、オートバイで旅もした、でも防波堤には行かなかった。
     
     成人式は親の背広を着て出席した、晴れ着姿の正代を見たのが、目にした最後だった。
     

     「そう景色が突然変わったんだ、俺に見える景色が変わったんだ」
     
     「オートバイが来なくなって寂しかったわ、いつもの景色にあったものが無くなって」
     
     「いつも見ていたものがなくなって寂しかったかぁ、見たくないものが増えるのも寂しいよ、ここが好きだったのは、ここから見える少女が好きだったから、その少女を見るためにいつも来ていたんだ、でも少女は二人で帰ってくるようになってね」
     
     「その少女は、いつかはあのオートバイに乗ってみたいって思っていたかもしれないわ」
     
     「オートバイなんかより、他に興味があったみたいだったよ」
     
     「一緒に帰ってきたのは、お友達じゃないのかな、特別な仲じゃなかったかもしれないわ」 正代が言った。
     
     チャックは黙って海を見ていた。
     
     
     「あの頃に戻ってここで二人で海を見たいよ」
     
     
     「わたしも」 正代はオートバイを見ていた。
     
     
     
    つづく
     
    イメージ 1

     
    続・少年の夏ー8
     
     
    「青山君は今何をしているの、同窓会は初めてよね、私は毎回来ていたけど一度も逢わなかったもの」
     
     「俺はなんと言うか、言ってみれば平凡な親父かな、毎日毎日世の中に差し障り無く生きてきた、生きてきたと言うより、切り抜けてきたって言う方が正解かな、今日来ていた連中は偉いよ、街のことに係わりながらいろんな活動をしてるものなぁ、議員になったヤツもいたな、自分がやってることが正しいって自信があんだな、羨ましいよ自信たっぷりで、都合のいい言葉しか耳に入らねーヤツだったけど、議員は投票だからな」
     
     「そのオートバイで来たの」
     
     「ああぁ、これで来た」
     
     「高校生のときもよくオートバイでここに来てたわよね、夕方に良く見かけたわ」
     
     「中学ん時からここへ来んのが日課だった、ここが好きなんだ」
     
     「いつもそこに座っていたわね、そこにオートバイが置いて有ると昔を思い出すわ、家に入る時オートバイを見ながら玄関を開けたものよ」
     
     「そうかオートバイに興味があったんだ、テニスに夢中で勉強も熱心で、オートバイなんて気にもしてないと思ってたよ、高校だって良いとこ行ったしな」
     
     「青山君は大学へ行ったんでしょ」
     
     「一応大学は出たけど、親に金を使わせただけだ、就職が決まって街を出た」
     
     「成人式は一緒だったわよね、卒業まではこの街にいたのよね、なんでここへ来なくなったの、好きな場所なのに」
     
     「景色が変わった時から来るのを止めたよ、好きな場所だから」
     
     「景色が変わったとき」 正代は訊いた。
     
     
    つづく
     
    イメージ 1

     
     
    続・少年の夏ー7
     
     
    車のドアが閉まる音が聞こえた、硬い靴底がコンクリートを叩く音が近付いた。
     
     足音の主はチャックの十メーター程左に立って海を見ていた、湿った潮風が髪を揺らした、髪の長い女性だった。
     
     「こんばんは」 チャックは酔いに任せて、大きな声で呼びかけた。
     
     「今夜は穏やかだ、風が弱いから暑苦しいけど、この入り江は昔からいい所だ」
     
     「そうね、良く知ってる、ここの海は毎日見ていたから」 チャックは声で誰だか分かった。
     
     「村上さん?、村上正代さん?」 チャックは立ち上がった。
     
     「そう、昔は村上だったわ」
     
     「あっ、そうか、今は苗字が違うか」
     
     「二次会は終わったのね」
     
     「煙草の煙が酷くて、でかい音のカラオケも苦手だから逃げてきた」
     
     「今夜はそこに寝るつもりなの」
     
     「夜空の下で寝るのは久し振りだ、朝には潮風でベタベタになっちまうだろうな」 
     
     「家が海のそばだったから、窓を開けたままで寝ちゃうと、朝起きたら布団が潮だらけだったっけ」
     
     「今は誰も住んでいないんだね、あの家は、あそこだけ昔のままだ、トタンが錆びたけど」
     
     「私がお嫁に行ってすぐに引越したのよ、元々親戚の間借りだったから、両親は今でもこの街に暮らしてる、あの丘の麓で」 正代は西の丘を指差した。 
     
    つづく
     
    イメージ 1

     
    続・少年の夏-6
     
     
     陽介は忙しそうに動き回っていた「アイツも今じゃ街の顔役だ、商工会や、消防団、商店会どれも役員だ、ちゃんとやってんだぜ毎日忙しそうだ」 チャックの横でサトシが言った。
     
     「街で暮らすにはいろいろやらなきゃいけねーからな、アイツのオヤジだってそーだったろ、街にはそんな人間が必要なんだよ、それを頑張ってる陽介は偉れーな」 チャックが言った。
     
     陽介の計らいで二次会が決まった、チャックはサトシ達と二次会のスナックへ歩いた、久し振りに歩く道は幅が広く違う街に感じた。
     
     カラオケと煙草の煙に参ったチャックは二次会のスナックを出て、防波堤へ向かって歩いた、陽介が家に泊まれと言ったが、夜空の下で寝るのも今日の目的の一つだと断り、スナックを出てきた。
     
     オートバイから毛布を降ろし防波堤に広げた、丸い月の光が海面に反射していた。
     
     スナックから持って来た、緑色の瓶に入ったミネラルウォーターを飲みながら、細波の輝きを見ていた。
     
     駐車場の端にブレーキランプが光った。
     
     
    つづく
     
    イメージ 1

     
    続・少年の夏ー5
     
     
     女性ばかり集まってワイワイやっているテーブルがあった、その中の一人がチャックに声を掛けた。
     
     「青山君でしょ、初めてじゃない来たのは、変わってないわね、昔のまま、私達はおばあちゃんでしょ」
     
     「オッオォ、並木さんか、生きてるうちに一度ぐらい皆に逢っておこうと思ってよ」
     
     「こっちに来ない」 チャックはそのテーブルへ招かれた。
     
     「ねぇねー、ほら青山君、昔のままだわ羨ましい」 並木幸子はテーブルのみんなに呼びかけた。
     
     「ヨォ、こんにちわ、昔のままって事はねーよ、顔が広くなったよ」 チャックは額を撫でた。
     
     テーブルの向こう側、チャックの正面に探していた顔があった、チャックの心は一瞬に三十七年遡った。
     
     口元の表情で気が付いた、三十七年の月日は少女の面影を少なくしていた、笑った時の目は昔のままだった。
     
     そのテーブルは並木幸子が仕切っていた、幸子は昔からそういうタイプだった、同窓会に来れる自分達は幸せなんだと盛んに言っていた。
     
     会場内を見渡すと、ジーンズにTシャツ姿は自分だけだった、その格好が昔のままの印象を与えたんだろうと考えた、男はスーツやジャケットで他所行きな格好ばかり、社会的にある程度の位置にいるものばかりのようだ、女性もきれいに着飾ってそれなりだった、聞くでもなく話を聞いていると、自分の幸せ具合を計りに来ている雰囲気だった。
     
     
    つづく
     
    イメージ 1
     

    このページのトップヘ