伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

    続・少年の夏ー4
     
     
     「生きてたのかよ、音信不通で死んだって噂だぜ、オメーは」
     
     「今までは返事も出さなかったからな、今年は妙に昔が懐かしくてよ、生きてるうちじゃねーと来れねぇからな」
     
     「そんな話は後でいいから、まずは乾杯しよーぜ」 赤い顔のヒロシが言った。
     
     「オメーはもう酔っ払いじゃねーか」 サトシとヒロシは笑った。
     
     「始まるまでまだ時間がある、俺たちだけの乾杯をやろう」 良二が両手に抱えたビール瓶を床に置いた。
     
     「よしやるぞ、早く注げ」 グラスを皆に渡すと浩之が栓を抜いた。
     
     チャックたちは再会を喜ぶ乾杯をした、乾いた咽喉に滲みこむビールは美味かった。
     
     ホールに入ると懐かしい顔が沢山居た、チャックは目当ての顔を捜した、一人一人見ていくとどれも昔の面影があった、変わり果てたヤツはこんな集まりには来ないだろうから、皆それなりに幸せなんだろうと思った。
     
     
    つづく
     
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    続・少年の夏ー3
     
     
     青と呼ぶには濃い色のハッチバックが、チャックの後ろをゆっくりと通り過ぎた、サイドシートにテニスラケットが見えた、チャックは海を見ていた。
     
     ハッチバックは空き家の前で止まった、エンジンをかけたまま暫らく止まっていた、走り出すエンジンの音でチャックは振り向き、走り去るハッチバックを見た。
     
     携帯電話のアラームを18時にあわせ、チャックは防波堤の上に横になった、西に傾いた太陽は丘の向うに入り防波堤に丘の影が伸びていた。
     
     夏の夕方には早い時間だが、波の音を聞きながら過ごすのは気持の良い時間で、防波堤に来た目的の一つだった。
     
     防波堤から会館は歩いて十分の場所だ、会館は街の施設で正式には公民館で、五年前に立て替えられて大きなホールが出来ていた、そこが同窓会の会場だった。
     
     受付に陽介が居た、街に残った者が同窓会の幹事をやっていた。受付を済ませ折り畳みイスに腰掛けて眺めていると、知った顔の連中が目に入った、バイクで一緒に走っていた連中だ、チャックを見つけ手を振った。
     
     
    つづく
     
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    続・少年の夏ー2
     
     
     同窓会やクラス会の通知は時々届いていた、家族、仕事、そんな事を理由に返事のハガキを一度も出した事は無かった、今回も来るつもりはなかったが、オートバイを思い出してから、今日同窓会があることを思い出した、来るかどうかは分からなかったが死ぬ前に一度逢いたいと思っている少女がいた。
     
     出席の返事を出したのは締め切りをとうに過ぎた四日前だった、さっきの陽介の話だと、自分は出席扱いになっているようで一安心した。
     
     防波堤の上から海と反対側を見ると、集落の上、小高い丘の上にコンクリートで出来た三階建ての建物が見えた、会員制のリゾートマンションで、今は閉鎖されていた。
     
     「まったく余計な物を作りやがって」 チャックは目を左に逸らした。
     
     集落の並びは昔と変わらないが、建物の色や形は今風だった、昔のままのトタン張りの建物が一つ有った、空き家なのは見ただけで分かった。
     
     チャックは中学生のとき防波堤からその家をいつもみていた、日に焼けた腕にテニスラケットを抱え、汗と埃に汚れた白い体操服の少女が帰ってくるのを待っていた、その少女とは三年のとき同じクラスになった、年賀状を出すくらいの仲にはなれた。
     
     釣りをしながらその家を見ていたこともあった、オートバイに乗るようになってもチャックが防波堤に来る目的は同じだった。
     
     
    つづく
     
     
     
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    続・少年の夏-1
     
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     防波堤から見る景色は三十年前と殆ど変わらなかった、砂浜は狭くなっていたが海の色は昔のままだ。
     
     「やっぱりチャックだ」 肩越しに声が聞こえた。
     
     「おう」 チャックは振り向き、声の主に笑顔を投げた。
     
     「まだオートバイに乗ってるのか、それも昔のままじゃねーか」 陽介は覗き込むように四気筒のエンジンを見ていた。
     
     「おう、今日買ったんだ、買った日に此処へ来た、でもコケなかったぜ」
     
     「そーだそーだ、あん時も買った日だったよな、今日はあそこに砂は無かったか」 陽介は大きく笑った。
     
     「さっき見かけたんだよそのブーツ、まさかとは思ったけど、そーだったよ」
     
     「街中を走ってそれからここへ来たからな、そん時見られたか、陽介の店の前も走ったからな」
     
     「チャックならここへ来るはずだからな、だから来てみた、あれから何年だ、何年経った」
     
     「街を出てから三十年だ、長いような短いような時間の感覚は無かったよ、顔だけが歳をとった」
     
     「みんな見た目はすっかり中年だ、あんときの仲間でバイクに乗ってるやつはチャックだけじゃねーかな」
     
     「何人街に残ってるんだ」
     
     「同級生は五十人ぐらい居るぜ、今夜は百人ぐらい集まる」
     
     「百人か学年の半分か」
     
     「いままでもハガキは行っただろう、返事もよこしゃしねーでよ」
     
     「ハガキは来てたよ、なんだか面倒でよ、ワイワイやるガラじゃねーからよ」
     
     「今夜はどこに泊まんだよ」
     
     「暖ったけーし今夜は野宿かな、昔みてーに」
     
     「チャックらしいや、配達の途中だから行くよ、じゃあ後で七時に会館でな」
     
     陽介は魚善と書いた軽トラックで走りだした。
     
     
    つづく
     
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    少年の夏ー最終回
     
     
     店主は奥から鍵とバッテリーをもって戻ってきた。
     
     ガソリンコックのレバーを時計回りに回し、十回キックペダルを蹴り下ろした、右サイドカバーを外しバッテリーを繋ぎ、タンクの左下のキーをオンに回すと緑色のニュートラルランプと赤いオイルランプがハンドルの真ん中に光った
     
     セルモーターが回るか回らないかのうちにマフラーから排気音が吐き出された。
     
     店主の言うとおり調子は良さそうなオートバイだった、アクセルを煽ると目の前にいつかの景色が広がった。
     
     次の日、住民票と印鑑を持ってバイク屋へ入った。
     
     
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     太陽が朝から輝き、街路樹の陰は濃かった。
     
     新しいヘルメットを被り、新しい薄手のレザーグラブに手を入れた。
     
     店主に会釈すると軽く二度アクセルを煽った。
     
     履き慣れたライーダーブーツの左足でシフトペダルを踏み下ろし、緊張した右手でアクセルを回し、クラッチを繋ぎ、焼けたアスファルトの上を走り出した。
     
     三十五年前に感じた気持が胸に浮んだ。
     
     両足の間に満タンのガソリンタンクがある、このオートバイが満タンで走れる距離はあそこまで充分往復できる、防波堤は昔のままだろうか、二十二の時に出てきた街はどんなだろうか。
     
     最初の交差点を左に曲り終えても左のウィンカーが点滅したままだった、赤信号で止まったときハンドルの真ん中の黄色い点滅で、戻し忘れたウィンカースィッチに気が付いた。
     
     思い出に向かって走るチャックの腿に太陽が照りつけた。
     
     
     
     
     
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