伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

     
    少年の夏ー5
     
     
    イメージ 3
     
     
     会社帰りにエレキギターのゲージを買った、押入れから引っ張り出したケースを開けると昔のままの臭いがした、ゲージを張り久し振りに弾くエレキギターは思う音が出なかった、それでも満足だった、そんな気持になったのは何年も無かったことだ。
     
     目をやることの無かったバイク屋へ目が向くようになり、そのオートバイを見つけた。
     
     縦に二本並んだ懐かしい形のマフラーが目に入った、次の日もそのオートバイを目が探した、その次の日バイク屋の前に車を止め暫く眺めた、その次の日バイク屋へ寄った。
     
     表示された価格は今の自分には簡単に払える額だった、少年の頃これを手に入れる為にアルバイトをしたことを思い出すと、今の自分は裕福に思えた。
     
     「これはエンジンは掛かるの」
     
     「調子は良いですよ、キャブの中身は新品だから、タイヤだって新品、エンジンも上は開けていろいろ交換してあるんですよ、このバイクは乗り易いですよ」
     
     「乗り易さは良く知ってますよ、エンジンかけてみてもらえますか」
     
     「いいですよ」 
     
     バイク屋の主人は店の奥へ鍵を取りに行った。
     
     
    イメージ 1
     
     
    つづく
     
     
    イメージ 2

     
     
    少年の夏ー4
     
     
     カーブ出口の路面に砂があった、三十五年前を体が覚えていた、左手がピクっと痛んだ気がした。
     
    イメージ 1
     
     
     オートバイに乗るのは三十年振りだった、あの時と同じ排気量同じ形の車体、タンクの色は違っていたがそのオートバイを幹線道路沿いのバイク屋で見かけたのは暑い朝だった。
     
     通勤途中にいくつものバイク屋の前を通り過ぎるが、今まではオートバイのことなど見向きもしなかった、得意だったエレキギターも押入れに仕舞ったままで、好きだったロックにも興味が湧かなかった。
     
     そんな風に過ごしてきた日々の中で、夏が本格的に輝きだす少し前、通勤途中の赤信号で左にオートバイが止まった、開けていた窓からアイドリングの排気音が入ってきた。
     
     いつもは気にもしない光景が、その時は何故か排気音が耳に入ってきた、聞き覚えのある音だった、左脇を発進する排気音、走り去る排気音を発進するのを忘れ聞いていた。
     
     後ろのクラウンがホーンをけたたましく威圧的に鳴らした、そのホーンにまくし立てられ青信号の交差点へ走り出した。
     
     頭の中を何かが走りぬけた、何かを体が思い出した。
     
     

    つづく
     
    イメージ 2

     
    少年の夏ー3
     
    イメージ 1
     
     
    次々に高校のバイク仲間が防波堤へとやってきた、チャックを見るなり皆彼らなりの慰めを口にした。
     
     「左手は動くのかよ、夏でも手袋はしねぇとな」
     
     「あ、あぁ何とか動くよ、軍手はやってたんだぜ」
     
     「薄くても革じゃなきゃ駄目だ、足もブーツが一番だコンバースじゃ脱げちまう」
     
     「今日のツーリングは中止にして泳ぐか、チャックがこれじゃあ行けねぇだろ」
     
     「パンツで泳ぐのかよ、海パンもってねーぞ」
     
     「海パンなんかいらねぇよ、ズボンで泳いだってバイクで走ればすぐに乾いちまうだろ」
     
     「大丈夫だ走れる岬まで行こう」チャックが言った。
     
     「じゃあ決まりだ、岬の先っぽ目指して出発だ」
     
     少年達は夫々のオートバイに跨りキックやセルモーターでエンジンをかけた、四本や三本や二本のマフラーから排気音を吐き出しながら走り出した、チャックは足や腕を動かすたび乾いた傷がヒリヒリ痛んだ、走り出して風が当たると痛みが増した。
     
     国道に出る赤信号で、割れたウィンカーレンズの中の電球が点滅していた。
     
     少年達の腿に太陽が照りつけた。
     
    つづく
     
    イメージ 2

     
     
     
    少年の夏ー2
     
    イメージ 1
     
     
     「その指じゃギターは弾けねぇな」 陽介の声を聞きながらチャックは黙って海を見ていた。
     
     「買ったばかりなのにがっかりだな、あそこに落ちてたウィンカーレンズの破片はチャックのだったのか」
     
     陽介の言葉にチャックは重い口を開いた
     
     「しょうがねぇよ、やっちまったもんは」
     
     「あのカーブは出口がきつくてよ、出口のとこの沢が溢れると水が溜まってそれが乾くと砂が残んだよ、フロントから滑っちまうから、すぐコケちまうんだ、浩司もやった場所だ」
     
     チャックは3月に誕生日があるので仲間の中で免許を取るのが遅かった、免許を取ったときには殆どの仲間は自分のオートバイに乗っていた、仲間のオートバイを借りて乗り比べ、自分の欲しいオートバイを決めた、中学の時から続けていた新聞配達のアルバイトで貯めた金は、ミドルクラスなら新車を買えるほど有ったが、7月の初めに四気筒の500ccを中古で買った。
     
     今日、初めて自分名義のオートバイで防波堤に来る途中、ブラインドの左カーブで陽介の言う通りに転倒して、左膝から踝にかけて、左肩から指先までを擦り剥いて、ホワイトジーンズと黄色いTシャツには埃や血がついていた。
     
     「こんなもんなら中本モータースのオヤジさんがすぐに直してくれるよ、バイクは直すのに金が掛かるけど、体の傷は金を使わなくても治るからいいじゃねぇか、がっかりすんな、ちっと痛てぇけどな」  
     
      陽介は慰めのつもりで言った。
     
     
    つづく
     
    イメージ 2

     
    少年の夏
     
     コンパクトな四気筒エンジンの上の黒いタンクに空が映っていた、白い雲がタンクの上をゆっくりと滑っていった、 水平線に積乱雲がもこもこと立ち上がり太陽は砂浜を熱く照らしていた。
     
    イメージ 1
     
     
     コンクリートで出来た防波堤の上に置いたヘルメットに左足を乗せ、Tシャツ姿の少年が力なく寝そべっていた。黒いタンクのオートバイは、左側後ろのウィンカーレンズが割れ、取り付けステーは後ろに曲りウィンカーボディは歪んでいた。左のステップは上に曲り縦に二本並んでいるマフラーにも傷がついていた、左グリップは破けバックミラーは割れ、クラッチレバーの先端は削れていた。
     
     防波堤に沿って走る道を、こもった排気音の2サイクル二気筒のオートバイが走ってきた、黒いオートバイの横に停めサイドスタンドに車重を預けた、焼けたオイルの臭いが少年の上を流れていった。
     
     「チャック大丈夫かよ」夏木陽介は堤防に寝そべる少年に声を掛けた。
     
    堤防の上の少年はエレキギターが上手く、「ジョニー・B・グッド」が得意だったので皆にチャックと呼ばれていた。
     
     
    つづく
     
    イメージ 2

    このページのトップヘ