伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

    BGMをどうぞ
    (タバッチさんのリクエスト)
     
     
     
     
     いつものガソリンスタンドで満タンにして、約束のセブンイレブンへ着くと、ライダースーツを着た那美がヘルメットを持って立っていた。
     
     「こんな時間に何処へ行くんだよ」
     
     「何処でもいいの、海でも山でも、夜が明けるまで走って欲しい」
     
     「海が好きだったよな、夜明けに帰ってくれば良いんだな、分かったよ、乗りな」
     
     那美を乗せ、深夜の海岸線を南へ走った、南の風が強く、潮の香りが濃かった。トンネルに入ると那美は敏彦のヘルメットに映る、次々に走るナトリウム灯を見ていた、次のトンネルではガソリンタンクの上をナトリウム灯が走るのを見た。外灯が無く、対向車のヘッドライトが真横を過ぎる瞬間は、ヘルメットのシールドが光り視界を無くす、敏彦は慎重に走った。
     
     小さな河口に有るセブンイレブンで初めて停まった。
     
     「ションBen、ションBen」
     
     敏彦はコンビニでトイレを借り、ホットのコーヒーを二本買ってきた、那美は海を見ていた。
     
     「森泉さん、ごめんなさい、迷惑だったでしょ」
     
     「迷惑なら来ねーよ、気にすんな、こっから帰れば大磯辺りで日の出だ、帰るか」
     
     「そうね、もう帰らないとね、悪いわ」
     
     「だから気にすんな、帰るぞ」
     
     敏彦は来た道を引き返した、東の水平線が明るかった。
     
     「夜明けだ、新しい今日の始まりだ、昨日のことは忘れろ」 敏彦は呟いた。
     
     「ここは居心地が良いな、もっと早く知っていたらな」
     
     ヘルメットの中で那美が囁いた。
     
     敏彦はアクセルを緩めた、今が永遠ならと思った。
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     
     

     桜が満開になると、森泉敏彦のガレージにもう一台四気筒があった、四年ほど走っていなかったが風間岳夫が手を掛けていた四気筒は整備の必要が無かった。50cc大きな四気筒の乗り易さは知ってはいたが、改めて乗り比べるとその違いが楽しいではないと思った、「楽」ではあるが「楽しい」ではないと。
     
     初夏の陽射しを浴びながら、海岸線を走る敏彦の四気筒の前を、タンクのデザインが違うだけに見えるオートバイが走っていた。
     
     ハンドルを握っているのは笑顔の青井那美だった。
     
     
     
     
     
     

     

     風間岳夫はバイクの車検を取らずガレージに置きっぱなしだった、青井那美も就職をしてオートバイから遠ざかっていた、森泉敏彦は相変わらず休みはオートバイだった。
     
     敏彦がガレージでカップラーメンに湯を注ぎ、ビールを一口飲んだとき電話のベルが鳴った、左手のコップをテーブル代わりの切り株に置き、受話器を取った。
     
    「たまには一緒に飲まないか」 風間岳夫からの電話だった。
     
    「久し振りだな岳夫、イイじゃないか、たまには飲もうぜ」
     
    待ち合わせの店を決め電話を切った、ラーメンとビールを済ませ敏彦はライダージャケットをはおりガレージを出た。
     
     二人は久し振りに顔を逢わせた、口から出るのは思い出話ばかりだった、風間岳夫は疲れた様子だった。別れ際に青井那美が結婚するらしいと言った、風間岳夫と青井那美は恋人同士ではなく、兄弟のような仲だったと風間岳夫は言っていた。
     
     夏の始まりの夜、森泉敏彦がガレージで、カップラーメンに湯を注ぎ、ビールの栓を抜いたとき電話のベルが鳴った、敏彦は八回目のベルで受話器を取った。
     
    「もしもし、森泉さんですか」 電話の相手は青井那美だった。
     
    「風間さんから番号聞いちゃった、今、何してるの」
     
    「ラーメンにお湯を入れたとこ、これからビール」
     
    「まだ飲んでないのね、これからビールって事は」
     
    「今からコップに入れて、口の中へ」
     
    「それじゃあ、まだ飲まないで」
     
    「おいおい、お預けかよ、ひでーな」
     
    「まだオートバイに乗ってるの、森泉さんは」
     
    「今でも乗ってるよ、四気筒、調子はサイコーだぜ」
     
    「それじゃあ、乗せてくれる、これから」
     
    「そーか、今はバイク無いのか、単車は貸してやるから乗りなよ」
     
    「貸してくれなくていいから、後に乗せて」
     
    「こんな時間にかよ、どーしたんだ、急用か」
     
    「お願い、後に乗せてよ」
     
    「分かったよ、それじゃあ、ビールは諦めるけど、ラーメンを食ってから出るよ」
     
     急な願いの理由を、敏彦は一切聞かなかった。
     
     敏彦はラーメンの麺だけ急いで流し込むと、片付けもせず、栓の抜けたビール瓶を恨めしそうに見ながら、コップの水を一気に飲んだ。
     
     四気筒のエンジンはキック一回で調子良くかかった。

     
     大学を卒業した風間岳夫は大手の会社に就職し、バイクに乗る時間はなくなった、森泉敏彦は相変わらず休みの日はオートバイだった、まだ学生の青井那美は念願の大型免許をとり、風間岳夫の四気筒に乗っていた。
     
     森泉敏彦と青井那美は一度、足柄峠で一緒になった。敏彦がファインダーの中に富士山とオートバイを入れ、シャッターを押した時カメラとオートバイの間を一台のオートバイが走りぬけた、エンジン音とアクセルワークから風間岳夫だと敏彦は思った、少し離れて止まったオートバイは風間岳夫の四気筒だった、しかしシートの上には青井那美が居た、このとき岳夫のバイクに那美が乗っていることを知った。
     
    「偶然ですね、今日は森泉さんお休みの日なんだ」
     
    「だいぶ走り込んでいるね、そのオートバイにふさわしいアクセルワークだ、なかなか良い」
     
    「風間さんとはいつもこんな風に、どこかで逢っていたのかしら」
     
    「岳夫とは感性が一緒だから、走りたい場所がだいたい分かるんだよ、その日の気分が同じなのかな」
     
    「その日の気分が同じかぁ、約束なしでどこかで逢えるなんて凄いな」
     
    「いつも逢えるわけじゃないし、逢おうと思っているわけでもない、偶然が強いんだな」
     
    「今日は富士山を見たい気分なのかな、私もそんな気分でここへ来たら、偶然でした」
     
    「確かに今日はそんな気分」
     
    「このオートバイは明日で車検が切れちゃうの、今日はお天気が良かったから走れて良かったわ、これから三国峠を走って、道志を通って帰るの」
     
    「今日は気分が合ってる、俺が行こうと思うコースと同じだ」
     
    「それじゃあ、ご一緒してもらえるのかしら」
     
    「断る理由はない、喜んで」
     
     前を行く那美のラインは風間岳夫と同じだった、ギヤの選択、アクセルワークも同じに見えた。バイクが同じだとライダーが変わっても、走り方は同じになるものなんだと森泉敏彦は考えながら道志みちを走った。
     

     
     森泉敏彦は箱根新道で前を行くオートバイが風間岳夫だと気が付いた、いつもと違うのんびりした走りの風間岳夫の後ろに敏彦はピタリと付いた、岳夫の前に単気筒のエンジンから、左右にマフラーが出ている250ccが走っていた、岳夫はその250の走りを観察しながら走っていた。後ろに敏彦がいることはバックミラーで知っていた、暫く三台は安全運転を続け、箱根峠のパーキングに入った。250のライダーは青井那美だった。
     
    岳夫 「那美もバイクの免許をとったんだよ、今日がお初」 
     
    敏彦 「そいつはスゲーや、一緒にツーリングかぁ」
     
    那美 「どうかしら私の走りは、きついカーブは怖かったわ」
     
    岳夫 「初めはみんなそんなもんだよ、最初から上手いヤツなんていねーよ、怖がる事が大事なんだ」
     
    敏彦 「下りはどこを通るのよ、下りの方が怖いぜ、右手も疲れるしよ、気を付けな」
     
    岳夫 「下りはブレーキやらアクセルやら右手は忙しいからな、椿ラインを下るか、湯河原でチャーシューワンタンメンでも食うか」
     
    敏彦 「賛成賛成、久し振りにあのチャーシューワンタンメン食いてーな、湯河原へ降りようぜ」
     
     三台は大観山で写真を撮り、椿ラインを湯河原へ降りて、駅前のラーメン屋に入った。
     
    敏彦 「なんでバイクに乗りたくなったんだい」
     
    那美 「大瀬崎で走り出したオートバイの動きと音が気に入ったの、アレに乗りたいって思ったの」
     
    岳夫 「そーなんだよ、あれ以来オートバイに夢中さ、今の250で練習して大型をとって俺たちと同じ四気筒に乗るんだとよ」
     
    敏彦 「そりゃスゲー、でも大型は取り回しとかあんからな、あんな重てーバイク起こせねーぞ」
     
    那美 「私こー見えても元柔道部なの、力は少しだけど自信があるんだ」
     
    敏彦 「まーコツさえ掴めば力じゃねーよ、コツだよコツ、柔道で投げるのと同じじゃねーか」

     
     駿河湾に突き出た岬の中に淡水の池があり、鯰や鯉が泳いでいた。立派な神社があり、大きな盆栽といったビャクシンが見事だった、大瀬崎をひと回り歩いて駐車場へ戻ると後ろから呼ぶ声がした。
     
    「敏彦!今日もバイクかよ」
     
    耳慣れた声に振り向くと、ウエットスーツ着た風間岳夫が手を振っていた。
     
    「ダイビングを始めたのかよ、お前は海が好きだからな、それにしてもこんな場所で逢うとはな」
     
    「大学のダイビングサークルに特別参加さ、ダイビングは今日が初めてなんだ、面白れーぞ海の中は、魚になった気分だ」
     
    「ワイワイ賑やかで楽しそうじゃねーかサークルは、お前もあと半年で卒業か、いろいろやるのは今のうちだな」
     
    「森泉さん?ですよね、いつも風間さんからお話しは聞いてるの、高校からのお友達だって」
     
     風間岳夫の脇に歩いてきた、ポニーテールの女の子が敏彦に声を掛けた。 
     
    「那美っていうんだ、青井那美、今日のダイビングは那美に誘われてついて来たんだ」
     
    「あおいなみ、海にはピッタリの名前だな、雰囲気も海が似合ってる」
     
    「これからどちらへ?」
     
    「これから駿河湾沿いに西伊豆を南へ、それから東伊豆を北へ、伊豆半島を左回りに海沿いを走る、ここへは伊豆七不思議の一つを見に寄ったんだ」
     
    「ホントだ、同じ形だ、タンクのデザインが違うだけなのね、風間さんのオートバイとそっくり」 敏彦のバイクをみて那美が言った。
     
    「よく似てるけど、乗ってみりゃ分かるが走りはぜんぜん違うんだぜ、こっちの方が面白れーよ」 敏彦はセルモーターでエンジンをかけ一吹かしすると那美に向かって言った。
     
     森泉敏彦は県道への登り坂を上がり、きつく右に曲ると県道17号を南へ向かった。県道17号線で戸田、土肥からは国道136号線で宇久須、堂ヶ島、松崎から県道15号線で婆沙羅峠を越え、下田からは国道135号線で一気に伊豆半島を走りきった、松崎と河津で止まっただけだった。
     
     

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