伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

     
     山中湖の向うの富士山が朝日に照らされてくっきりと見える、森泉敏彦は暗いうちに家を出て、四気筒498ccのオートバイでここへやって来た。カメラに富士山を収めるポイントとして有名な三国峠は、多くのカメラマンが自慢のカメラを三脚に乗せ、表情の変る富士山にシャッターを切っていた。カメラマニアの居る駐車スペースより上に位置するススキの中にオートバイを停め、サイドバックからアルミホイルに包んだニギリ飯を取り出し、朝飯の準備を始めた。不如帰、鶯、郭公の鳴声を聞きながら、素晴しい景色を見ながらの朝飯は、冷えたニギリ飯を最高の食べ物に変えた、ぬるいポットのお茶も何故か美味かった。

     ジャケットを着たままでも肌寒い空気の中に、聞きなれた四気筒のエンジン音が聞こえてきた、そのエンジン音は森泉敏彦の背中で止まった、ライダーはキルスイッチでエンジンを止めるとヘルメットの中から言った。

    「俺にもニギリ飯をくれよ」

    「やっぱり来たな、こんな日にお前がバイクに乗らないはずが無い、乗るならここに来ないはずが無い」 森泉敏彦は振 り向きそう言った。

    「敏彦、俺の分はあるんだろうな、腹ペコだ」

    「チャンともってきた、中身はおかかと昆布だ」 森泉敏彦は風間岳夫にアルミホイルに包んだニギリ飯を渡した、風間岳夫はヘルメットのシールドを上げると、ニギリ飯に噛付いた。

     森泉敏彦と風間岳夫は高校時代の親友だった、森泉敏彦は食堂に勤めていて、休みの日はバイクで走るのが楽しみの一つだった、風間岳夫は大学四年生で、学校の無い日はバイクか釣りで時間を潰していた。
     
    「もう街中は暑いがここはいつ来ても寒いな、朝っぱらじゃ尚更だ、敏彦はこれからどこへ行くんだ」

    「景色を楽しんだ後は、走りを楽しむ、都留峠を上がってそれから、奥多摩だ、お前は」

    「俺は午後から用事があるから、箱根回りで帰るよ、またどこかで会おうな」

     風間岳夫は四気筒のエンジンを一吹かしすると、ゆっくり走り出した、岳夫の四気筒は敏彦のバイクより50cc大きかった。

     
     石廊崎から右に海を見ながら半島を北上し、青野川の土手に気の早い菜の花を見つけ、弓ヶ浜大橋を渡り右折した。
     
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     冬の平日で人気のない白い砂の弓ヶ浜は湖のように穏やかだった。国道136号線で下田を通り過ぎた、下田から国道136号線は135号線になる、少し走ると右に白浜が広がる、白浜から先は信号の少ないオートバイで走るに楽しいワインディングだ、右手に操られたエンジン音と加速を楽しみながら、河津、稲取、白田から熱川は海沿いの旧道を走り、熱川からは国道135号線より山側の旧道を走って伊豆高原で国道135号線へ出た、細く路面の荒れた林道の様な旧道は景色を樹木に遮られ、対向車は少ないがCB500で走るには楽しい道ではなかった、オフロードバイクがこの道にはお似合いだと思った。
     
     城ヶ崎からまた旧道を走った、有名なゴルフコース沿いを走り、川奈漁港を通り過ぎた所にある昼食時の味噌汁屋は混んでいた、オートバイで走り冷えた体に熱い味噌汁は魅力的だったが、待ち時間を嫌い伊東へと走り出した。
     伊東のコンビニエンスストアーでクラブサンドウイッチとホットの缶コーヒーを買い、サイドバックに入れヘルメットを被っているとき、南に向かうオートバイが赤信号で停まった、ライダーと目が合い軽く頭を下げ挨拶をした、ライダーはフルフェイスの中でニコッと笑顔になり左手を振って返した、信号が青になり走り出すときこちらを見ながらフルフェイスを軽く傾け、ギヤを一速に入れしなやかに走り出した、オートバイの動きを知り尽くした左右の手の動きで見事にしなやかな発進だった。自分の発進はどんなだろうかと考えた。
       
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     南国気分を演出した街路樹の国道を走り、日当たりの良い海辺で堤防に腰掛け、冷めた缶コーヒーと冷たいサンドウイッチの昼飯だったが、海を見ながら波の音を聞きながらの昼飯はなかなかだった。
     伊東から交通量の増えた国道135号線を、黄色いセンターラインに苛付きながら熱海の温泉街に入った、二車線の温泉街を抜け、伊豆山のワインディングを流し県境の千歳橋を渡った、湯河原の吉浜を過ぎ左折して根府川へ抜ける旧道を選んだ、最近整備され所々道幅が広くなったこの旧道はお気に入りだ、見通しの良い幅の広い登りのカーブをアクセルを開け車体を倒しこんで走り抜ける感触は、オートバイ以外の乗り物、たとえば遊園地のジェットコースター、スキー、スケート、サーフィン等でのターンに似ていなくもないが、何かが決定的に違う、それは失敗した時のリスクの大きさと、速度を自分で操れる事だろうかと考えた。
     
     石橋ICから西湘バイパスへ入った、直線を高速で走るだけの面白みのない西湘バイパスは好きではなかったが、信号の多い小田原の街を走るのはそれより嫌だった。大磯から先は、相模川を渡る時と茅ヶ崎サザンビーチで海が見えるだけだ、松林の中を走る海岸線は国道134号線だ。鵠沼でやっと海が見える。洒落た店舗が続く鵠沼、腰越、七里ヶ浜、由比ヶ浜、小坪、渚橋を右折して葉山マリーナ、森戸海岸の細いくねった県道を走り御用邸前で国道134号線に合流した、民家が多く信号も多い134号線を南に向かい自衛隊駐屯地沿いを抜け、半島先端の城ヶ島へ着いたとき夕陽が空をあかね色に染めていた。
     
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     左カーブに差し掛かったときヤマハが止まっているのが見えた、故障かと思い声を掛けると 「ほら、富士山」とヤマハのライダーが言った。指刺す方向を見ると、見慣れた容の山が遠くに見えた。
     
     
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     景色を遮っていた立ち木が途切れた左カーブで、遠くに見える富士山をバックに、ブログで知り合った仲間とオートバイをデジタルカメラで撮った、他の仲間はすでに速い速度で通り過ぎ先へと進んでいる、遅れていることなどお構い無にスローなペースで林道を走り、気に入った場所でカメラを構えて、先に行った仲間が待つ時間がどんどん増えた。
     
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     後からもう一台来る筈なので、遅れる事など気にもせず写真を撮りながら、後ろから来るバイクの到着を待ったがなかなか現れず、トラブルでもあったかと引き返してみると、後続のライダーも途中でカメラを構えていた。
     
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     この林道へ入る前の、アスファルト舗装された林道は、日陰の場所が多く薄く積った雪が凍り、オートバイで走るには難儀した。しかしバイクの扱いに長けている者たちは、思い思いに楽しみながら白い路面を走り抜けた。ツーリングを主催した岡山登朗の心配は必要なかった。
     
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     小海の駅で昼食を摂り、次に向かった林道は、いくつか分岐が有り遅れて走るライダーは、先行車の後輪で削られた路面を頼りに進む方向を決めた、高度を上げるにつれて路面は白くなり、脇の沢水は凍りつき大きなツララが出来ていた。積雪の大河原峠を越え、女神湖へ向かう途中の景色の良い場所では、北アルプスが見えた。長く伸びた影を追いながら、女神湖に着くと楽しいツーリングも終わる、二手に別れ夕暮れの中を走りだした。
     
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     トンネルを出てからレザーパンツの裾がしっかり濡れるまで走った場所に、洒落たレストランが木立の中にあった、傘のように枝を広げた紅葉の下に、先にトンネルを出て行ったオートバイが濡れていた。
     
     彼はサイドスタンドの下にちょうど石が入るようにオートバイを停め、ヘルメットを被ったままレストランの入口へ歩いた、ドアを開ける前にヘルメットを外し、濡れたジャケットのジッパーを開けレストランに入った。
     
     ランチタイムには少し遅い時間だがレストランは繁盛していた、ウェイターが中ほどの席へと彼を案内した。
     
     どの席もカップルばかりだった、化粧の濃い若い女性を連れた初老の紳士、女性の年齢が上に見える二人、どちらもそれぞれに家庭がありそうな二人、そしてヘルメットを隣のイスに置き、一人で座っている女性がいた。
     
     彼は窓の外を眺めていた、雨は強くなっていた、オートバイの排気音が近付いてきた、雨の中を走る排気音にしては大きく早い回転数だった、濡れて光ったレザージャケットのライダーは右にウィンカーを点滅させ、レストランの駐車場に入った、傘のように枝を広げた紅葉の下にあるオートバイに並べて停めた。ヘルメットの隣に座る女性は幸せな笑顔をした。
     
     食事を終えたカップル達が出て行き、紅葉の下のオートバイは連ねて走り去り、レストランの客は彼一人になった。
     
     彼はトイレから出た時、レジスターの横に懐かしいものを見つけた。
     
     「これは今でも使えるの」 ウェイターに訊いた。
     
     「使えますよ、当りはしませんけどね」
     
     彼は自分の星座が書いてある投入口に百円玉を入れた、レバーを動かすと灰皿の下から小さく細く巻かれた薄い紙が出てきた、末吉と書かれたおみくじには「待人来ず」と書いてあった。

     
      トンネルの入口で雨が強くなった、峠を登り始めてシールドに霧雨が滴を作った、対抗で走ってくる車両はすでにずぶ濡れだった。
     
     峠を登りきるとダム湖の畔を走る県道の、二つ目のトンネルに入るほんの少し手前で大粒が落ちてきた、トンネルの出口から先は充分に濡れる降り方だった。彼はトンネルを出るのを躊躇した、雨粒が掛からない路面が乾いた場所で、オートバイを止めサイドスタンドを出した。
     
     オートバイが入ったのをトンネル中に響く排気音で気付いた、バックミラーに映るセダンの後ろにヘッドライトが一つ見えた、セダンが脇を通り過ぎると次に通過する筈の排気音が回転を落とした、彼のオートバイのすぐ後ろでアイドリングする排気音が聞こえた、トンネルの中はすぐに静かになった。
     
     「さっきまで降っていなかったのに」 ヘルメットの中から声がした。
     
     「この先もすでに濡れ放題」 彼はヘルメットを被ったまま、濡れたオートバイを気にしているライダーに声を掛けた。
     
     「この雨は止みそうに無いわね」
     
     「濡れるのがイヤなら引き返した方が良いですよ、少し手前はそれ程の雨じゃなかったでしょう、この先はこの降りのままだと思いますよ」
     
     「私はUターンなんか出来ないわ、せっかく来たのに」
     
     「通り雨ではないけれど、強くなったり弱くなったり今日はそんな降り方でしょうね」
     
     「場所によって降り方が違うのね」
     
     「少し弱くなったかしら」
     
     クラッチを握りスターターボタンを押し、ギヤを入れ濡れた道へと慎重に走り出した、後輪が巻き上げる雨水が放射状に後ろに飛び跳ね、タイヤが通った路面は一筋に細かい泡が繋がった。
     
     彼もセルモーターでエンジンをかけ雨の中へと走りだした、路面には一筋の泡がまだ見えた。
     
     あのオートバイは雨の中をどこへ行くのだろう、彼はそんな事を考えながら雨の中を約束の場所へと急いだ、茶色いブーツの表面が水を吸って色が濃くなっていた。

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