伊勢原CB

Yahooブログから引っ越しました、「あの頃の未来」伊勢原CBです、Yブログで知り合った方が訪問の際には、メッセージで貴殿のURL等をご連絡いただけますと幸いです。

    小さな作文

     
       高度が上がるにつれ霧が深くなり、風も冷たくなった。

     傾斜のきつい峠道を四気筒のパワーを使いグングン高度を上げていく、バックミラーに排気量の違う四気筒が映っていた。

     快晴の日でも霧がかかることで有名な三国峠は、梅雨時の曇り空では景色は望めない、走れる視界があるだけでも有り難い。ピークを越え晴れていれば見える富士山に思いをはせて霧の中を下る。目の前の薄いベールが外れぼんやりと湖が見えてくる、カーブの手前でアクセルをオフにした瞬間、鶯や不如帰の鳴声がヘルメットの中に入ってきた。

     霧に頭を抑えられた景色の山中湖を見るのは久し振りだった、バックミラーに映っていたナナハンが隣に停まっていた。不如帰の鳴声がまた聞こえた。
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     道志道へと走り出したバックミラーに、自分の四気筒が映っている、ナナハンは昔の記憶のオートバイよりずっと走りやすい、今までのナナハンの記憶は他のオートバイの記憶だったようだ。

     道の駅どうしに着いたのは売店が閉店間近の時間だった、クレソンはすでに売り切れだった。
     
     道の駅から走り出したCB550のバックミラーにはCB750K2が映っていた、何度見ても赤いフルフェイスは映らなかった。

     
     風穴の交差点を右に曲り、西湖に着くと湖畔を左周りに沖野は走った、湖畔の道に信号は無く一時停止のT字路が一つと、道が湖から離れた場所に、曲ると短い上り坂の左ト形の交差点があるだけの、平坦でいくつものカーブが続くオートバイで走るには持って来いの道だ。

     左ト形の交差点の向うから、夕焼け空を背に赤いフルフェイスがやって来るのが見えた、佳子からも西日に照らされ、左ウィンカーを点滅させながら走ってくる四気筒が見えた、赤いオートバイと四気筒のオートバイは並んで、短い坂を登った。
     
     二台は並んだまま湖畔を走った、黒く影だけになった富士山の見える場所にオートバイを止め、沖野はコーヒーを沸かした。
     
     
     「このロケーションなら、ウィスキーがお似合いね」
     
     「ウィスキーを飲んだら帰れなくなるよ」
     
     僅かに明るかった西の空も色を失い、見上げる空に星が輝いていた。
     
     ヘッドライトの光の中で二杯目のコーヒーを飲んだ。
     
     「少しなら持ってる」 沖野は革巻きのスキットルをサイドバックから出した。
     
     「ウィスキーが入ってるの」
     
     「そうウィスキーが入ってる」
     
     佳子はスキットルを受け取ると、キャップを開け鼻を左右に小さく振りながら匂いを嗅いだ。
     
     「バーボンね、いただくわ」
     
     沖野はマグカップを水で濯ぎ、スキットルから注いで佳子に渡した。
     
     沖野はスキットルの口から直接バーボンを飲んだ。
     
     「美味しいわ、なんてバーボンなの」
     
     「EARLY TIMES」 
     
     「もう早くないわ」
     
     二つの影は一つになった。
     
     
                                

     
     尾花の穂が銀色にひかり、富士の裾野に広がっていた、それ程離れていない場所で砲撃の音がした、広場には戦車が並んでいた。
     
     東富士演習場の中を貫く広いダートを走り、沖野は自衛隊の演習を見ていた、砲撃の大きな音は空気の振動を体に感じさせた。見ていると追い払われることが殆どだが、その日は見ていても文句は言われなかった。普段聞く事が無い大音量は気持ちが良かった。
     
     ダートを十里木に向かい、十里木から白糸の滝を通り越し、人穴から開拓道路へ入った、森の中の閉鎖的な部分を抜けると朝霧高原の牧場の中に出る、右に富士山を見ながら走ると、青木ヶ原の樹海に入る、開拓道路は信号が一つ有るだけで、平日は交通量が少ない沖野のお気に入りの道だ、樹海に入る前の駐車帯からは本栖湖が見え、西の空が紅くなり始めていた。
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     国道139号の消防署の派出所がある交差点で、沖野は考えた。西湖に行く予定だったが今からでは暗くなって良い写真は撮れない、だが写真は諦めても西湖の周りを走りたかった。
     
     
     
    つづく

     
      黄色や紅に色付いた落ち葉が、アスファルト舗装された林道に広がって、コメツガの細く白い葉が忙しく回転しながら舞っていた。
     
     暑い盛りに来た時に比べ辺りは明るかった、「秋になるとこの道は車が多くて走り難くなる」 沖野が言っていた通りだった、何台もの対向車とすれ違い、妙にゆっくり走る軽トラックにイライラした、路肩におかしな向きで停めてある車のナンバーは遠くから来た車両が多かった。
     
     長靴を履いた中年女性が脇の木陰から飛び出し、佳子は思わずブレーキをかけた、中年女性の持つ竹篭には鮮やかなオレンジ色の大きな茸が入っていた。佳子のブレーキの原因が自分である事などお構いなしにまた森の中へと入っていった。
     
     佳子は高台で朝霧高原の景色を見て、夏に曲った道を思い出しながら走った、憶えのある交差点を左に曲ると、走った事のある別荘地だった。
     
     別荘地を抜け国道に出ると、樹海の中もカラフルな木の葉が、柔らかい陽射しを反射させ暗さは感じなかった、夏に通り過ぎた精進湖へと曲り湖畔を走った、風が無い精進湖の湖面に逆さ富士が映っていた。
     
     陽射しは勢いが無くなり、空は青から紅に変ろうとしていた、佳子は精進湖を後に西湖へと向かった。
     
     
     
    つづく

     
     いつもソロで走る沖野も西田佳子も、車両の違いもあり、互いの走りのイメージが違うのを感じていた、一緒に居るのは楽しかったが、一緒に走るのは互いのストレスになると互いに考えた。
     
     「西田さん、何処か行きたい場所はありますか」
     
     「沖野さんはこれからどうするんですか」
     
     「俺はここから国道138に出て、また山中湖に行って、道志道で帰ろうと思う」
     
     「私は海が見たいから、箱根を通って西湘バイパスで帰るわ」
     
     「それじゃあここでとりあえずの解散という事にしよう」
     
     「今日は楽しかったわ、また何処かで会えるといいですね、今日の事もブログに書くんですか」
     
     「今日の事は記事にするか分からない、気が向いたらまたコメントでも書いてください」
     
     赤いオートバイは四気筒のオートバイに付いて走り出した、沖野が滝ヶ原駐屯地を左に曲がった時、佳子は曲がるかそのまま直進するか迷っていた。
     
     水土野の交差点の手前で、四気筒のバックミラーに赤いヘルメットが映った、水土野の交差点を左に曲がっても赤いヘルメットは映っていた、リサーチパーク入り口の交差点を過ぎると、バックミラーに西田佳子は映らなかった。
     
     西田佳子は裏道で乙女峠に行くんだろうと沖野は考えた、オートバイには良いルート選択だと思った。
     
     バックミラーに赤いヘルメットが映らないのは寂しかった。

     次の日、西田佳子から書き込みが有った
     
     「またどこかで偶然に会えたらステキだわ」
     
     コメントの最後に揺れるハートの絵文字があった。
     
     
     
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